「……末期ガンです。あなたはあと、数ヶ月の命なんです。」

 病院の窓のそばのソファーに、一人の少年がうつむいて座っていた。
「どうしたの?」
 一人の少女―少年よりは年上の―が声をかけてきた。
「……。」
 少年は黙っていた。
「……。」
 少女は少年が何か話し出すのを待っていた。
「ほっといてよ。」
「……。」
「ほっといてって言ってるだろ!」
 少年はそう叫びながら少女の肩をこついた。
「……あのさ。」
 少女は肩を押さえながら話し出した。
「命があるだけでも幸せじゃない。」
「……。」
「もし三ヶ月後に死ぬ、ううん、明日死ぬとしても……その死ぬ瞬間まで精一杯生きていった方が幸せだと思うんだ。」
「明日死ぬとしても?意味ないよそんなの。明日死ぬのに精一杯生きたって……。」
 少年がそう言うと、少女は静かに諭すように首を横に振った。
「意味は、あるよ。死ぬまでにいろんな人に会って……その人に何かを遺せたら……それは幸せな事だと思うんだ。自分が死んでも、自分の意思を誰かが感じて生きていってくれるんだから。」
「でも死んだらそんなの。」
「人は二度死ぬって知ってる?」
「二度?」
「うん。一度目は身体が死んだ時。二度目は……その人の事を誰も話さなくなった時。」
「……。」
「だから誰かがその人の事を話している間は、その人は死なないのよ。」
「……。」
「だから、死ぬ時まで……死ぬ直前まで精一杯、何かを遺すために生きていく方が……幸せだと思うんだ。」
 二人の身体を夕日が包み始めた。そんな二人を、看護師が声をかけた。
「あら?こんな所に居たの?そろそろ病室に戻らないと。」

「急げ!心拍数が落ちてきたぞ!」
「しっかり!まだ死んじゃダメよ!」
「おい、電気ショックを!」
「心拍数、体温、両方低下しています!」
「死ぬな!」
 直後、長い電子音が流れた。一つの命が、散った。

「退院おめでとう。」
「ありがとうございます。」
 少年が、頭を下げる。少年の父親が声をかける。
「……病院生活はどうだった?」
「……退屈だった。」
「そうか。まあ外で遊べなかったものな。」
「うん。」
「仲良くなった友達とかいなかったのか?」
「いたよ。」
「じゃあ今度お見舞いに行かなきゃな。」
「……ううん。もうこの病院にはいないから。」
「そうか。先に退院したのか。」
 少年は死んだ少女の意思を受け継いだ。少年は少女のためにも、歩き始めた。


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