「あ、もしもし?俺。」
 そいつから電話があったのは突然でした。最近まったく電話なんかしなくなったくせに……と思いながら適当に受け答えをしていました。
「あのさ、俺……今度結婚するんだ。」
 そいつが言ったのは私にとってちょっとした衝撃でした。でもどこかほっとした気持ちもありました。
「あ、そうなの?おめでとう、やったじゃん。で、相手どんな人?」
「……ごめんな。」
 そいつは私の質問にも答えず、そう小さな声で言いました。
「え?ごめんって……どういうこと?」
「いや……お前置いて結婚しちゃうみたいで。」
「はあ?何言ってんの?」
 私はその時ちょっとその電話がうっとうしくなってきました。
「私はさ、もうあなたとのこと忘れて一人でがんばってんだからさ。そんなこと言わないで、ほらどんな人と結婚するのか教えてよ。」
「……ああ……。」
 それからそいつは麗しの結婚相手について思いっきりノロけてくれた。少しは遠慮ってモノはないのか……なんてことを思いながら私は延々と聞いていた。
 そいつのノロけが終わったのは一時間ほどたってからだった。
「……じゃな。がんばってな。」
 そう言ってそいつは電話を切りました。
「ふう。」
 電話を置くと私は思わずため息が出てしまいました。
「……そっか。あれからもう三年か……。あっちは結婚するってのに私は浮いた話一つも無いよ〜。」
 私は宙を見上げながらぼやいてみました。
「……三年もたったのに……。」
 いつのまにか私は三年前のあの日の事を思い出していました。

 あの日は雨が降っていました。何だか朝から嫌な予感がして―楽しいはずのデートなのになんでだろうと―いえ、本当は薄々気づいてたのかもしれません。私もそいつももう何も残っていない事に。
 あの時はそれはもうショックでした。でもどこかでやっぱりとも思っていました。
 そいつの口はぼんやりと動きました。私はその動きをはっきりと見ていました。私は……そいつの口がそう動くのを待っていたのかもしれません。私は泣いていました。その涙はそいつを引き止めるためのものだったのか自分に悔しかったのか、それとも。
 そいつはそのままその場から離れました。
 一人、その場に残された私はしばらくぼんやりとたたずんでいました。その間何となく色んなことを考えていましたが、いつのまにか何も考えなくなっていました。
 その時、一つの曲を耳にしました。その当時はけっこう流されていた曲です。

 そこまで思い出した時、私は自然とCDケースに手が伸びていました。私もしっかりそのCDは買っていました。もちろんそいつと別れる前に、です。
 ステレオからその曲が流れてきた時、不思議と涙が流れてきました。三年ぶりかの涙です。そう、そいつと別れた日に流してから……そいつに負けないために泣かないと決めてから……久しぶりの涙でした。
 私は必死でもう過去の事だ、気にしてないとそいつと別れた事を乗り越えようと……いえ、平気だと自分に言い聞かせてきたんだと、その時はっきりと気づかされてしまいました。悔しかった。まだそいつに縛られていただなんて……とても悔しかった。そう思うと涙はさらに止まらなくなってきました。私は一人誰にも見せない涙を流しつづけていました。
 涙が止まったのはちょうどあの曲が終わった時でした。その曲が終わると不思議とだんだん落ちついてきました。さっきまで泣いていた気分がウソのようにすっきりしていました。
 多分やっと、私は本当にそいつとの失恋を過去の思い出にできたんだと思います。
 さ、また明日から……いや、今日からがんばろう!

END



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