「兄ちゃん、魔法使いなんだって?」
 酒場で呑んでいたギツルミは不意に声をかけられた。
「魔法使いだったらこんな噂知ってるか?」
 ギツが声の方を向くと、完全に出来上がった中年男性が立っていた。
「このカライルの街から南に行った所に魔女の館があるんだ。」
「魔女?」
「ああ、魔女だ。そこの魔女はとっても強え魔力をもった魔女だそうだ。」
「強力な魔力……か。」
「ああ。その魔女はヒック、とてもベッピンさんらしいぜ。……ほれ、良い情報やったんだから一杯おごれや。」
 ギツは無表情なバーテンに一杯注文した。
「ありがとよ、兄ちゃん!」
 中年男性はふらつきながら何処かへ行ってしまった。
「お客さん。」
 ギツはバーテンに声をかけられた。
「あまり信じない方が良いですよ。」
「今の話?」
「ええ。」
 バーテンは無表情のまま話している。
「あの人ね、いつもあの話をして酒をたかっているんですよ。」
「……ふーん。」
 ギツはそう言いながら空っぽになったコップに目をやった。

 翌日の朝。
 ギツはカライルの街を出て、南へと歩みを進めた。
 酔っ払った男の話を信じたわけではないが、ただの好奇心で魔女の館へと向かうことにした。

 一刻ほど歩くと、ギツの目に古ぼけた館が見えた。
「ここか。やっぱり恐い感じだな……」
 そう言いながらギツは城の中に足を踏み入れた。
「……。」
 ギツは何気なく調度品に目をやった。年季の入った骨董品が多く置いてあった。
 そうこうするうち、ギツは主人の部屋らしき部屋の扉を見つけた。
「とりあえずここを開けてみるか。」
 ギツはそんな独り言を言いながら扉を開けた。
「……誰だ。」
 ギツが扉を開けると、男の声が聞こえてきた。
「私はギツルミ・カートモ・ラッソ。旅の者です。」
「……旅?」
「ええ。ここに魔女さんがいると聞いて、会ってみたいと思ったんです。魔女さんはいらっしゃいますか?」
「……魔女は、もういませんよ。」
 突然、ギツの視界にぼんやりと若い男が現われた。
「私は、エブラと申します。」
 エブラと名乗った男は何処かの司祭のような格好をしていた。
「エブラさん、ですか。」
「はい。……また、誰か来たようです。」
 そうエブラが言うと、ギツの耳に足音が聞こえてきた。
「少し、下がっていてもらえますか。」
 足音が徐々に大きくなっていた。そして、扉が開いた。
「出て来い、魔女マキュ!」
 扉を開けた男は、興奮していた。
「オレはヴィルカナ王国の剣士ベイグだ!マキュ!何処だ!今すぐに呪いを解け!さもないと!」
「……マキュならいませんよ。」
 エブラが優しげな声で話しかけた。
「何ぃ!?」
「マキュならもう、死んだんです。」
「嘘をつくな!死んだのなら、何故、オレの、呪いが、まだ、解けないぃぃぃぃ!!!!!!」
 ベイグがそう叫ぶと、頭から悪魔の角が、背中から悪魔の羽が生え始めた。
「オレハ、アクマニナリタクナイ!ニンゲンニモドセ!」
 ベイグは叫んだ。
「……ΨΩΖΥΓΗνμκιΣΒΑζεΧΥΡΩηηνμκιζεΥΕΨΩθ!」
 エブラが何か古代語で呪文を詠唱した。
「グ、グワアアアアアアアアアアアアアア!」
 ベイグは苦しみだし、泡を吹き始めた。そして、ベイグの姿は消えていった。
「……いったい……これは……。」
 ギツは、目の前で起こった事に呆然としていた。
「……こういう事なんです。呪いは。」
「……呪い?」
「はい。昔……もうどれぐらい前なのか覚えていないんですが……ここにマキュという女が住んでいました。その女はたいへん美しい女性でした。」
「美しい……。」
「はい。彼女はどこでどうやったのかはわかりませんが、とても強力な魔力の持ち主でした。そして……彼女は呪いをかけたのです。それも、とても多くの人に。」
「いったい何故、そんなことになったのですか?」
「先ほども言いましたように、彼女は強力な魔力の持ち主でした。そのため……彼女を倒し、自分の実力を誇示しようと考える者も少なくありませんでした。」
 そう言うとエブラは腰を床に下ろした。
「すいませんね、ちょっとこの話は長くなりそうです。アナタも、御座りなさいな。」
 エブラはそうギツにうながした。
「……沢山の腕自慢の者がマキュを倒そうとここに訪れました。マキュはその度に、呪いをかけたのです。」
「呪い、ですか。」
「ええ。」
「いや……その、普通ならそのまま倒してしまうんじゃないかな、って思うんですが。」
「……マキュは、人を殺そうなんて考えてなかったんですよ。強大な魔力を持ちながら、その力を私利私欲のために使おうだなんて考えて無かったんです。」
「なるほど。だから呪いで止めたんですか。なんか、魔女ってわりには心優しい人だったんですねえ。」
「……。」
 エブラは少し口篭もった。
「で、エブラさん。その魔女は……今、どこに。」
「死んだんです。」
「……死んだって……。」
 ギツは少し戸惑った。
「はい。……正しくは倒されたんです。この、私に。」
「……あなたが……。」
「私がある日、ここに来てマキュを倒したんです。しかし……呪いは、解けなかったんです。」
「……。」
「先程アナタが死んだ、と聞いて少し戸惑ったのはそのためでしょう?」
「はい。呪いをかけた人自身が死んでしまえば、呪いは解ける。……私もそう思っていました。」
 エブラがそこまで話した時、再び足音が聞こえ始めた。
「……まだ話の途中だというのに。すみませんが、少し隠れていていただけますか。」
 エブラはそう言うと立ちあがった。
 ギツが物陰に隠れた時、扉が開く音が響いた。
「マキュ!どこだ!」
 部屋に大きな声が響いた。
「マキュは、もういません。」
「何?どういうことだ!」
「マキュは、もう死んだんです。」
「嘘を言うなぁ!」
「……ΨΩΖΥΓΗνμκιΣΒΑζεΧΥΡΩηηνμκιζεΥΕΨΩθ!」
 エブラは再び、呪文を詠唱した。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁっぁあぁあぁっぁ!!!!!!!!」
 男は苦しみだした。その姿は、先程のベイグが苦しむ姿のようだった。
「ぐぁっ!!」
 男は床に倒れこんだ。
「あ……キ、キクラロ……君に……また……会いた……かっ……。」
 そこで、男は力尽きた。
「また、一人……。」
 エブラがそう言った時、男の体は消えていった。
「終わりましたよ。」
 エブラはギツに声をかけた。
「は、はい。」
 ギツが物陰から出てきた。
「ここにいると、こんな事の繰り返しなんですよ。」
「繰り返し……何回も、こんな事を。」
「はい。マキュはいったいどれだけの人に呪いをかけたか解らないんですよ。」
「……。」
「マキュは、自分の魔力ではなく。何か……他の力……例えば悪魔のようなものから力を借り、呪いをかけたようなんです。」
「……たしかに悪魔だったら術者本人が死んでも呪いは残りますね。」
「はい。そして悪魔の力を利用するには膨大な量の魔力が必要ですが、マキュにはその魔力がありました。」
「……。」
「そして……死ぬ間際にマキュも私に呪いをかけたんです。今まで呪いをかけた者達の呪いを解く、という呪いを。」
「呪いを解く?」
「はい。それも呪いをかけたもの全ての呪いをね。全ての呪いを解くまで、私はここから離れる事はできないのです。」
「いったい、どれぐらい前からここにいるんですか。」
「……もう、数えておりませんから。いったいどれだけの呪いを解いたかもわかりません。」
「……。」
「もう、お行きなさい。ここに居て、アナタに害が及んではいけません。さあ、早く。」

 ギツがカライルの街に戻ってきた時にはすっかり日は落ちていた。
「よお、昨日の魔法使いの兄ちゃんじゃないか。」
 昨日の酔っ払いが再びギツに絡んできた。
「行って来ましたよ、魔法使いの館に。」
「本当かい!?なあ、その話聞かせてくれよ。」
「ああ……そういやあんた、キクラロやベイグって名前、聞いた事無いかい?」
「ああ、キクラロなら……。」
「知ってるのか?何処にいるんだ、その人に伝えたい事があるんだ。」
「あー無理無理。」
「遠い所にいるのか。」
「いや、もうとっくの昔に死んでる。キクラロってのは、この街に昔住んでいた伝説の踊り子の名前さ。」
「死んでる?どれくらい前にだ?」
「……あれは……たしかディングとシェジックが魔王セダーを倒したぐらいの頃だから、とんでもなく前だぞ。オレの曾爺さんが生で見た、って言って自慢話をしていたぐらいだからな。」
「……そんな前なのか。……じゃあエブラはそんな前からずっと……。」
「いいじゃないか、そんなこと。それより、魔女の館の事教えてくれよ。今夜はオレが奢るぜ!」
 そう酔っ払いが言うと、ギツを酒場に連れて行った。
 ギツは、再び館の方角に目をやった。その夜は、星が綺麗な夜だった。

永久機関〜ギツルミ編〜 END


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