……やっとだ。やっと外だよ。あーやっぱり外の空気はうめえなー。
 俺はそう思いながら何年も前の事を思い出していた。

 あの日―俺はあいつを初めて見かけた時体中に電流が走ったかと思った。俺は運命だと思ったね。街中で友達と一緒に歩いてるあいつは誰よりも輝いていた。
 でも、あいつはそんな俺の愛を受け取ろうとはしなかった。あの頃あいつにはボーイフレンドがいてうわべだけ楽しそうにやってた。俺はだからこそ本当の愛を教えようとした。そりゃいろいろ努力もしたさ。あいつの同僚から住所や電話番号を聞き出して毎日のように電話をかけた。それに、一日の半分以上はあいつに何か変な事が起こらないように見張ったりした。それから変な郵便物が届いていないか調べたりした。部屋の中で変な事があっちゃいけないから盗聴機も仕掛けた。プレゼントも毎日のように届けたさ。 でもあいつはなかなか俺の愛を受け入れようとはしなかった。俺はあのボーイフレンドがあいつを脅して付き合い続けているのだろうと思った。
 俺はある晩あの二人がデートする事を聞きつけ後をつけた。あの二人は最初は賑やかな場所で過ごしていたが時間が経つにつれ二人きりになりたかったのか人気の無い寂しげな所に来た。
 その時だった。あの二人がキスをしたんだ。俺は急に頭に血がのぼって襲いかかったんだ。
 男はご苦労な事にあいつをかばっていたさ。でも俺にかかればイチコロだった。あっという間にその男は動かなくなったよ。
 俺はあいつの顔を見た。そしたらどうだろう、悪い男の魔の手から救ったっていうのに怯えきっていたよ。まあ、無理も無い。いきなり目の前に王子様が現われちゃあ驚くよな。
 俺は今こそ二人は結ばれる時だって思ってあいつを押し倒した。あいつは最初もがいていたがだんだん喘ぎ声を出し始めた。俺はその時思ったね、これこそが真実の愛だってね。俺は結ばれるとまた逢う事を約束して意気揚揚と家に帰った。
 だが。その次の日の昼間、俺の家に警官がやって来て俺を逮捕した。殺人及び婦女暴行、他にもいろいろあったが覚えてやしねえ。……俺はあいつに裏切られた。俺はあいつに騙されたんだ。
 俺は裁判では無罪を主張した。それでも無期懲役となってしまった。それは全てあいつのせいだ。あいつが俺を裏切らなければ。
 ……それから何年も経った。俺は捕まってからあいつに復讐する事だけを考えていた。あいつだけは許さない、あいつだけはどうしても。

 そしてやっと今日外に出てこられたわけだ。これから俺はあいつに復讐しなければならない。そう、今すぐに。

 あいつは意外な事に依然住んでいたマンションにまだ住んでいた。とっくの昔にびびってどこかに逃げたのかと思ったがなんだか拍子抜けしてしまった。まあいい。
 俺は以前から考えていたとおりの計画をやることにした。まず訪問販売のフリをしてあいつの家に入る。そしてレイプし、殺す。それだけだった。別にまた捕まってもどうってことはない。俺はあいつに人生を狂わされたんだ。あいつだけは……。とにかく復讐をしなければ腹の虫がおさまらん。

 俺は自分が演技の天才である事を確信した。この女簡単に俺の事を本物のセールスマンだと思ってやがる。ここまで演技が上手いとは自分でも気付かなかった。適当に買った安物の背広とカバンで変装したが、ここまで気付かないもんだとは。
「ここで説明してもよろしいのですが少々わかりづらいかと……。」
「でしたらどうぞ上がってください。」
 やった。こいつ本当にバカだな。とにかく俺は家の中に入る事に成功した。
「ここの部屋でお待ちください。」
 俺はこの女の寝室に通された。何考えてんだこの女。普通初めて会った奴を自分の部屋に通すかねえ。とにかく次にこの部屋に入った時には……。
「お茶をどうぞ。」
「は、はい。」
 俺は驚いた。そんな事を考えていたものだからタイミングを逃してしまった。まあいいか。しばらくこの女この部屋にいるんだろう。
 俺はお茶を一杯飲んだ。
「いかがです?」
「おいしいお茶ですね。」
「ええ、睡眠薬が入ってますから。」
「……え?」
 俺はその後意識が遠のいていった。なんだか女が笑っているような気がしたが。

 ……それからどれくらいの時が経ったのだろう。俺は目が覚めると縛られていた。それに口には猿ぐつわがしてあった。
「目が覚めた?」
 俺は声のした方に振り返ろうとした。しかし縛られているために体はあまり動かない。しかしあの声は……。
「おひさしぶりね。」
 俺は顔がこわばった。こいつ、俺が誰だかわかってやがった!
「私はあの日から人生がめちゃくちゃになったのよ.。恋人の親からはさんざん罵声を浴びせられたわ。私がレイプされた女って近所でも職場でも噂になったわ。私は仕事を辞め、遠くの町へ引っ越さなくちゃならなくなった。そして……親からは勘当されたわよ。そんな傷物の娘はいらんてね。私の人生はもう真っ暗になったのよ。そう、あなたのせいでね。」
 な、何を言ってやがるんだこの女。人生がめちゃくちゃになったのは俺のほうだっていうのに。
「私は自殺しようかと思ったわ。でもね、あなたが裁判で死刑じゃないって聞いて考えなおしたの。あなたがまだ元気に生きてるうちは死ねないって。私はあなたが刑務所から出てきたらあなたの家を探して乗り込むつもりだったんだけど、そっちから来てくれるとは思わなかったわ。本当、ご苦労様。」
 そう言うと女は本当にいやらしく笑いやがった。
「ところで、あなた、私があなたを殺そうと思ってるのかしら?」
 当たり前じゃねえか。そう俺は言い返したかったがなにぶんにも口まで縛られているもんだから喋れねえ。
 そう思った時だった。俺は腰のあたりに強い痛みを感じた。
「ぐがっ!」
 俺は叫び声を上げた。しかし口が縛られているので声にはあまりならなかった。
「痛い?」
 女が一体いつから持ってたのかは知らないが何か硬い、ゴルフクラブのような物で殴りやがった。
「痛いわよねえ?じゃあ……これは?」
「んぐっ!」
 今度は肩のあたりを殴ってきやがった。ちきしょお、じわじわといたぶりながら殺す気だな。
 どのくらいの時間かはわからなかったが、しばらくのあいだ俺は殴られつづけた。
「さてと。」
 女は殴るのをやめた。そして俺を縛っている縄をほどいた。俺はすぐにでもその女を殴ってやろうかと思った。
 しかし俺の体は動かなかった。
「動けないでしょ?」
 女が俺の顔を覗きこんだ。
「私はあなたを殺したりはしないわ。不思議に思うでしょ?これが私の復讐なの。いい?あなたが障害を持つようになってこれからの生活にいろいろと影響を与えるんでしょうね。楽しみだわ。でもね、私は捕まっても軽い罪ですんじゃうの。なんでか教えてあげようか?私はあなたを殺そうとはしてないわ。つまり、殺人罪じゃないって事。まあ、せいぜい暴行罪ぐらいかしら?でも、あなたは私を殺そうと思ってここに来たんでしょ?つまり私の取った行為は正当防衛になるわけ。そしてあなたは殺人未遂で捕まって刑務所行き。そして出てきても人並みの生活はおくれない。どう?すごいと思わない?」
 俺は体の震えが止まらなかった。こ、こいつ、また俺をはめやがった!
「さてと。」
 女は俺の見えない所へ行ってしまった。そして何か声が聞こえてきた。
「……もしもし?警察ですか?はい、すぐに来てください。昔、私を襲った奴がまた来て……私を……。私……夢中で……。」

〜END〜


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