私の名前は井上源三郎。今私は京の壬生村、八木源乃丞さんの家にお世話になっています。
 私は元々江戸の試衛館におりました。試衛館では近藤先生にたいへんお世話になっておりました。近藤先生は人望に厚い方で、食客として腕の立つ方に慕われておりました。
 そしてある日。近藤先生が浪士組として京に向かわれる事が決まりました。私や試衛館の皆さんも近藤先生について京へ行きました。
 いろいろありまして、我々試衛館一同は芹沢さん達と共に浪士組を離れました。そして新たに「精忠浪士組」を立ち上げました。
 今日は近藤先生たちは市中の見まわりに出かけておられまして、私や原田君たちは留守番をしております。

「あの、すみません。」
 私が門のところで掃き掃除をしておりますと、お客様が来られました。
「わたくし、伊藤と申します。」
 伊藤さん……たしか平助が以前いた道場の主がそんな名前でしたっけ。
「申し訳ありません、平助は市中の見まわりに行っておりまして。もうしばらくしたら戻ってくると思うんですが。」
 私がそう言うと、伊藤さんは困惑した顔になりました。
「いえ、その……。」
「そうです。いつも皆さん帰りに甘味処に寄ってこられるんですが……そこで待ちませんか。すぐそこですので……一緒に参りましょう。」

「いらっしゃい。近藤さんたちはまだ来てませんよ。」
「そうですか。では……お汁粉を二ついただけますか。」
 おまささんに挨拶をすませ、席につきました。
「それにしても……本日はどのような御用でこちらに。」
「いや、特に用があるわけではないんです。ただちょっと……久しぶりに会いたくなったもので。」
「ほほう。」
 伊藤さんは少し照れくさそうな顔になりました。
「ただもう……私の事など忘れてるようなんですよ。」
 伊藤さんはそう言うと悲しい顔をされました。
「そんな事無いですよ。よく話をしてますから。」
「そうですか?」
 伊藤さんはちょっと嬉しそうになりました。……実は嘘をつきました。平助は京に来てから試衛館に来る前の事をあまり話していません。でも、伊藤さんは嬉しそうになったから良いのではないかと思います。
「……でも懐かしいなあ。」
 伊藤さんはまた笑顔になりました。その笑顔は、どこか懐かしい笑顔でした。
「まさか、こんなに立派になるとは。前から『やりたい』って言ってたもんね。」
 伊藤さんの眼は寂しそうで、やさしそうな笑顔でした。
 突然、伊藤さんは私の顔をじっと見て、こう言いました。
「壁に耳あり……。」
「障子に目あり。」
 私がそう返すと伊藤さんはまた、寂しそうな顔になりました。
「……やっぱり……憶えてなかったんだね。」
「え?」
 伊藤さんの言葉に、急に不安になりました。
「仕方ないか。それじゃ、先に行くよ。ここの代金は払っていくよ。」
 そう言うと伊藤さんは立ち上がりました。
「ま、待ってください!」
 私も思わず立ち上がりました。彼を行かせてはいけない。彼を、失ってはいけない。そう思ったのです。そして私は思わず、声に出して彼を呼びました。
「……伊藤チン……。」
「……思い出してくれたんだ。僕は二つ目の死はまだ来ないようだね。」
 彼はそう言うと眼鏡を取り出しました。
 そこには見覚えのある顔がありました。
「ちょっとだけ、しんみりして、陽気に送り出してくれてありがとうね。」
 彼がそう言うと店の外に出て行こうとしました。僕は彼を呼び止めようとしました。でも、声に……。

「あれ?源さん?」
 近藤先生の声で我に返りました。
「どうしたんですか?」
「珍しいな。」
 平助と土方さんが心配そうな顔で見ています。
「なんで泣いてるんですか?」
 総司がそう聞いてきました。顔を触ると、涙が流れていました。
「はい、お汁粉二つ……あ、近藤さんたちもいらっしゃい。お席は井上さんと同じで良いですか?」
「はい、いいですよ。」
 おまささんに山南さんが答えました。
「汁粉二つ?なんだ源さん、誰かと来てたのか?」
「え?……その……。」
 土方さんにそう聞かれて、誰と来てたか思い出しそうとしました。
 でも、どうしても思い出せません。大事な古い仲間だった。それしか思い出せませんでした。
「井上さん、お一人で来られてましたよ。」
 おまささんはそう言いました。
「源さん一人で二杯食べれるんですかー?」
 総司がそう聞いてきます。
「源さん、具合が悪いなら遠慮なく言ってくださいね。あなたも大事な試衛館の仲間なんですから。」
 近藤先生はそう言いながら微笑みました。
 そう。私は試衛館の仲間の一人、井上源三郎です。

終わり


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