「……センセー、センセー、ねえセンセーってばぁー。」
「あーわかったわかった起きるってばお沙耶。」
 そう言いながらこの長屋に住む寺子屋の先生、東進太郎は体を起こした。
「んぁ……おお、おはようお沙耶。」
「センセー聞いてよー。」
 内田道場の娘、お沙耶が東のそばに座っていた。
「なんだ、お沙耶。」
「かんざし失くしたんだってよ。」
「おお、ゆいゆい。いたのか。」
「だからゆいゆいって呼ぶなよ!俺には由井屋唯兵衛って名前があるんだからな!」
「わかったよゆいゆい。」
「わかってないだろ!」
「ちょっとーゆいゆい私の話の邪魔しないでよ〜。」
「あ、そうだそうだ。え〜と?」
「だから〜。」
「かんざし失くしちゃったんでしょ?」
「で、朝から探してるけどみつからない、と。」
「あれ、綾に上原。」
 いつのまにか綾と上原正充乃丞が長屋に来ていた。
「それで俺や綾や上原の所に朝早くからまわってると言うわけなんだ。」
「なるほど。」
「ねえ〜先生も一緒に探してよ〜。」
「ええ?あのな今日だってこれから授業がだな。」
「授業よりはかんざし探しの方が面白そうだけどな。」
「まあな。」
「おいおいっ!ゆいゆいも上原も何言ってんだよ!」
「いいじゃない、毎朝日が昇る前から剣の素振りやって近所に迷惑かけてるんだから。」
「なにぃ!?」
「そーだよ先生。うちの道場に来ればいくらでも修行できるのに。」
「お前らな〜。」
「ちょっとちょっと。みんな話がずれてきてるわよ。かんざしの話じゃなかったの?お沙耶まで。」
「あ、そっか。ねえ〜先生、一緒に探してよ〜。」
「ええ〜でもな〜。」
 と、その時。
「おはようございます。」
「お、お陽さん。おはようございます。」
 東と同じ長屋に住むお陽が入ってきた。
「いいじゃないですか、かんざし探しをしましょう?」
「あーダメダメ、全然あず……。」
「行きましょう!さあ、早く探しに行くぞみんな!」
「え゛……?」
 東はみんなが呆れてる中、張りきって外に出て行ってしまった。

「じゃ、3組に分かれて探しましょうか。」
 綾の提案にみんな同意した。
「で、どうやって組み分けする?」
「くじ引きは?」
「それが一番だな。」
「でも誰もくじなんか持ってないだろ?」
「私持ってますよーう。」
「え゛……。」
 お陽が懐からくじを取り出した。
「なんで持ってんの?」
「さあ……?」

 くじ引きの結果。
「あ〜あ、お沙耶とか〜。」
「やったー先生と一緒〜。」
 東、お沙耶班。
「私は綾さんとか。」
「よろしく、上原君。」
 綾、上原班。
「俺とお陽さんが一緒か。」
「よろしく、ゆいゆい君。」
「だから……。」
 お陽、ゆいゆい班。
「じゃ、出発!」

「あ〜あ、お陽さんとが良かったのに……。」
「私は嬉しいよ♪」
 東、お沙耶の二人は呑み屋である飯田屋にやって来た。
「すいませ〜ん。」
「あれ?先生?」
 中には飯田屋の跡取、清尚がいた。
「おお、清尚。今日の授業は中止だ。」
「え?」
「実はお沙耶のかんざしが失くなったらしいんだ。」
「あのいつも付けてた?」
「ああ。それでみんなで探してるんだ。」
「なるほど。」
「あ、おはようございます。先生。」
 奥から飯田屋の住み込みの女中、栗子が現われた。
「おはよー栗ちゃん。」
「おはよーお沙耶ちゃん。」
「ま、そんなわけだから、清尚。」
「ああ。」
「栗子も詳しい事は清尚から聞いてくれ。」
「じゃね、栗ちゃん。」

「それにしても綾さん。」
「なに、上原君。」
「今日は沖田庵は休みなの?」
「うん、沖田先生が二日酔いで。」
「あ〜またか。医者なのになんで毎回毎回……。」
「まあまあ。ところで上原君。」
「ん?何だい?」
「今日は番所行かなくていいの?」
「今日は昼過ぎから行く予定なんだけどね。」
「そうなんだ。」
「それにしても綾さんも熱心だね。医者の勉強だけじゃなくて普通の勉学にも励んでいるんだから。」
「あら、そんなこといったら上原君も仕事の合間に寺子屋に来るなんてそうできるもんじゃないわよ。」
「そうかな。」
「そうよ。お侍さんはお侍さんの学校があるんだからそっちだけでもいいのに『庶民からの目線も大事だ』って。」
「本当に大事だと思ってるからね。しかし……お陽さんっていったい何者なんだろう?」
「さあ……突然長屋にやって来たのよね。」
「何をしてるかもわからず、か……。そういえば。」
「何?」
「昨日飯田屋で変な話を耳にしてね。」
「え?」
 上原は声を落として
「でかい男が二人居たんだけど、ヒソヒソ声で綾さんたちが住んでる長屋に柏葉藩の姫がどうこうって……。」
「ええっ!?」
「綾さん、声が大きい。」
「ご、ごめん。」
「とにかく姫がいるらしいんだけどそうなると怪しいのは……。」
「あ、ほら上原君、大中央屋さんがあるからそこでお沙耶のかんざしについて聞いてみましょう。」
「う、うん。」

「どこ探そっか、ゆいゆい君。」
「だから……もういいや。」
「そういやゆいゆい君の家って何屋さんだっけ?」
「呉服屋だよ。けっこう競争が激しくてね。」
「そうなんだ〜。」
「とくに教頭屋ってところが強くてね。ただ、あそこもあまり良いうわさは聞かないけどね。」
「あ、ゆいゆい君。あそこにいるのって……。」
「あれ?沖田庵の沖田先生じゃないか。」
 沖田医師は高札の前に立っていた。
「沖田先生。」
「あれ?お陽さんにゆいゆい。」
「こんなところで何してるんだ?」
「いやね〜二日酔いで寝坊しちゃったのよ。」
「まったく……医者なのに。」
「それで、今日は休みにしたんだけど……ヒマなのよね。」
「それでぶらぶらしてたってことか。」
「まあね。そんなことより二人ともこれ見た?」
 お陽とゆいゆいは高札を見た。そこには「神隠し多発。若い娘は注意すべし」と書いてあった。
「神隠し?」
「そうなのよ。ここ一ヶ月で6人も行方がわからなくなってるらしいのよ。」
「そうなんですか?」
「しかも若い娘ばっかりらしいのよ。」
「じゃ、沖田先生はだいじょ……ぐっ!」
 沖田先生の裏拳がきれいにゆいゆいの腹に決まった。

「う〜ん、見つからねーなー。」
「どこいったんだろーねー。」
 東とお沙耶がぼやいている。
「あ、いたいた。」
「……何してるんだ?」
 そこに綾と上原がやってきた。
「おお、お前らも食べるか?」
「おいしーよー。」
「あのね。お沙耶のかんざしが無くなったーっていうから協力してるのにね……。」
「だっておいしいんだもん、『初津』のおだんご。」
 東とお沙耶は甘味処「初津」でおだんごを食べていた。
「まったく……。」
「で、どうだった、そっちは?」
「どこにもなかったよ。いろんな店に聞いてみたんだけどね。」
「大中央屋さんとか文分屋さんに振符屋さん、土鈴屋さんもどこも知らないって。」
「うーん……。」
「こっちも収穫0。あ〜あ。」
「あとはゆいゆいとお陽さんが帰ってこないと……。」
「あ、いたいた。おーい。」
 そこへゆいゆいとお陽と沖田医師がやって来た。
「あれ?沖田先生?」
「あ、綾さん。ごめんね今日急に休みにしちゃって。」
「ええ。でもなんで沖田先生が?」
「かんざしを探している最中に出会ったんですよーう。」
「そうだ、綾さんにお沙耶ちゃん、神隠しの話知ってる?」
「え?」
「ああ、若い娘が何人も行方がわからなくなっているっていう。」
「さすが綾さんね。」
「で、かんざしは?」
「ごめん、お沙耶ちゃん、見つからなかったのよ。」
「ええ〜。」
「だんご食べててサボってた君には言われたくないな。」
「何!?お沙耶だんご食べてたのかよー。」
「ごめん、ゆいゆいー。」
「ま、とりあえず一休みにしようじゃないか、みんな。」

「しかし……。」
「どうしたんですか、東先生?」
「あ、お陽さん。」
 結局この日はひとまず解散ということになりお沙耶達と別れた東、お陽、沖田、綾が長屋に帰る最中。東は何か考え事をしていた。
「実は変なうわさを聞いたんですよ。」
「うわさ?」
「ええ、教頭屋のことなんですがね。」
「そういえばゆいゆい君も何か言ってましたね。」
「どうしたの?」
 沖田も話に入ってきた。
「教頭屋なんですがね、このところ女の泣き声が聞こえてくる事が多くなったって……。」
「ということは……。」
「教頭屋が怪しいって事?」
 綾もいつのまにか話に入ってきた。
「おそらく。ま、一応上原にも言っておいたから大丈夫だとは思うんだけども……。」
 そう言いながら歩いている四人を二人の男が密かに後をつけていた。

 その頃。上原が勤める中町奉行所にて。
「と、いうわけで教頭屋にはこのような噂があがっております。いかがいたしましょう?」
 上原は中町奉行、山田山男に報告をしていた。
「所詮噂であろう。ほうっておけ。」
「ははっ。」
 上原は山田の前からさがった。
「……。」
 上原は考え事をしながら奉行所を後にしようとした。と、
「上原殿。」
「おや、石塚殿。」
 同じ同心である石塚が声をかけてきた。
「何か、用ですかな?」
「ああ、たしかかんざしを探してるって言ってたよな?」
「そうだが……。」
「ほら、これじゃないか?」
 石塚の手にはかんざしがあった。
「あ、これだこれだ。」
「やっぱりか。」
「いったいどこでこれを?」
「……教頭屋のそばでだ。」
 石塚の声は小さくなった。
「教頭屋の?」
 上原の声も小さくなった。
「俺も気にはしてたんだ、教頭屋は。」
 石塚の顔は神妙になっている。
「お前が山田様に言う前に俺も言ってたんだが……同じような対応でな。」
「そうなのか?」
「ああ、でも気になってたんで一応見張りには行ってたんだ。」
「そうか……で、怪しいところはあったかい?」
「怪しいことは怪しいな。変に柄の悪い連中が出入りしてるんだ。」
「……。」
「ただ、決定的な証拠がなくてな。俺も明日から公務で出かけなきゃならないんだ。」
「そうか……。」
 上原はまた考えこんでしまった。

 翌朝。
「ふわ……早くこれをお沙耶にとどけてやるか。」
 上原は内田道場へと向かっていた。すると、
「おや、飯田屋の跡取に栗子さんではないか。」
「お、上原。」
「おはよー上原君。」
 飯田と栗子が二人並んで歩いていた。
「こんな朝早くにどうしたんだい?」
「いや、お沙耶ちゃんのかんざしがなくなっていうから一緒に探そうかと。」
「今日は店も休みだからな。」
「それが……もう見つかったんだ。」
 上原は事の事情を説明した。
「そうか……。」
「どうだい、一緒にお沙耶のとこに届に行かないか?」
「ああ。」
「喜んで。」
 上原、清尚、栗子が東達の住む長屋までやって来た。と、
「ん?あれは何だ?」
「あそこは……お陽さんの家だね。」
 お陽の家の玄関に紙が挟まっていた。
「お陽さん?お陽さん?」
 上原はお陽を呼びかけてみたが、
「……いないようだね。」
 と、
「あれ?上原君に清尚くんに栗ちゃん?」
 お沙耶がやってきた。
「おはよう、お沙耶ちゃん。」
「あ、これかんざし。」
「え!どこにあったの、上原君。」
「私の同僚が教頭屋の近くで拾ったらしいんだ。」
「よかったー。ありがとう上原君。」
「いやなに。そんなことよりお陽さんは?」
「まだ寝てるんじゃない?」
「あ〜……。」
 一同は納得した。
「ところで、この紙は?」
「さあ……お陽さん宛なんだろうけども。」
「読んでみる?」
「ダメだよ、お沙耶ちゃん。」
「いーのいーの、栗ちゃん。黙ってればわかんないんだから。」
 そう言うとお沙耶は紙を広げた。
「……。」
「……?」
「お沙耶ちゃん?」
「どうした?」
 お沙耶はしばらく黙っていたがそのうち泣き出した。そして、
「……字が読めない……。」
「だったら読もうとするなっ!」
お沙耶は上原に紙を渡した。
「えーと……『この家の女は預かった。』……ええっ!」

「どーする……?」
 東の長屋にて。皆が集まって会議をしていた。ただし、沖田医師はまたもや二日酔いで欠席だったが。
「うーん……。」
 腕組みをしたまま上原はうなっていた。
「すぐに探しに行こっ!」
「お沙耶ちゃん、でも何処行ったかわかんないんだよ。」
「そっか……。」
「多分……教頭屋だな。」
 ゆいゆいが口を開いた。
「なんで、そんな事言いきれるのよ?」
 綾が当然の疑問をゆいゆいに尋ねた。
「昨日なんだが教頭屋に慌てて袋を持った人が何人も入っていったところを見た人がいるらしいんだ。その袋ってのがちょうど人が入るぐらいのものだったらしくて……。」
「本当なら。」
 上原が口を開いた。
「すぐに奉行所へ連絡を頼むんだが……。」
「ここのことね。」
 脅迫状には「但し、奉行所に届けた場合女の命の保証はできない。第一発見者が奉行所の者であった場合も同様に連絡するべからず」と書いてあった。
「……行こう、教頭屋へ。」
 とつぜん東が立ちあがった。
「ちょ、ちょっと先生、殺されちゃうよ。」
 慌ててお沙耶が止めた。しかし、
「いや、行かないと。このままじゃまた誰か被害者が出ちまう。それに……。」
「それに?」
 お沙耶が不安そうな顔で見つめている。
「……いや、いい。俺が戻らなかったら後は頼む。」
 そう言うと東は走って長屋を後にした。
「……。」
 残った者は黙って目を合わせ、そしてうなずいた。

「結局みんな来たってワケか。先生嬉しいぞ。」
「静かに!」
「騒いでバレたら意味が無い。」
 東たちは教頭屋の裏口に居た。
「……命の保証は出来ないぞ。それでもいいのか?」
「うん。」
「東にまかす。」
「右に同じ。」
「みんな……。」
 そして全員が黙ってしまった。全員が黙っているので、鳥が飛び立つ音がはっきりと聞こえた。そして、
「いくぞ、みんな。1、2の3!」
 東の掛け声を合図に教頭屋へと乗りこんで行った。
「出て来い!教頭屋!」
「どなたかな?」
 屋敷の中から教頭屋の主人が現われた。
「教頭屋、お陽さんを返せ!」
「何のことですかな?」
「とぼけるな!」
 その時、屋敷の奥から
「何やら騒がしいですなあ。」
 と言いながら一人の男が出てきた。
「!!!!!!!」
 上原の顔は凍りついた。
「おや、上原。何をしておる?」
「上原君、知り合い?」
 お沙耶が尋ねた。
「……山田中町奉行様だ。」
「ええっ!」
 東達がおどろいた。
「なぜ、山田様がこのようなところに……まさか!」
「上原?このようなところに勝手に来るとは……覚悟はできておるのか?」
「ははーん、読めてきたぜ。」
 上原の代わりに東が話し始めた。
「おおかた、教頭屋とつるんで女を売り飛ばしている、その黒幕がお前、山田だな!」
「何を言うか。言いがかりだ。」
 山田は陰険な笑いを浮かべている。
「……そんな。山田様が……。」
 上原はまだ信じられないという表情である。
「まあよい。曲者じゃ、出会え!」
 教頭屋が合図すると柄の悪い用心棒がたくさん現われた。
「げっ!」
「ちょ、ちょっとなんでこんなにいるのよ!」
「おそらく罠だったんだろうな。」
「罠ってどういう事だよ東?」
「感づいた上原を消すための罠だよ。」
「……。」
「者ども、やってしまえ!」
 教頭屋の合図と共に用心棒が襲いかかってきた。
「わ!わ!」
「とうっ!とうっ!」
 それから切りあいが始まった。
 以外にも東たちも負けてはいなかった。
 上原は当然だが、飯田は持ち前の腕力を活かして丸太を振り回している。栗子も襲ってきた用心棒を柔道で投げていった。お沙耶も道場の娘と言う事もあってなかなかの腕前だった。ゆいゆいは持ち前のすばしっこさで攻撃を次々とよけていった。綾は隠し持っていた薬で目潰しをしていった。
 しかし、なんと言っても東である。東の剣の腕前はすばらしいものであった。
「てやっ!てやっ!」
「センセー……かっこいい……。」
「一人に付き3回切り付けている……。」
 東の剣は素早く3回切りつけるものであった。
「……もしや、東は……。」
 上原は東の剣さばきを見て何かを思い出したようである。
「く、くそっ!」
 教頭屋は自分たちがどんどん不利になっていくことに焦っていた。
「し、信じられん……あんなにいた用心棒があんな奴らに負けているだなんて……。こうなれば先生、先生!」
 奥から一人の男が現われた。
「お願いします、先生!」
「任せておけ。」
 そう言うと男は東の前へと進んで行った。
「東殿。お手合わせ願おう。」
 男は東に挑戦を申しこんだ。
「……いいだろう。」
「ちょ、ちょっとセンセー。」
 その間に全ての雑魚を片付けたお沙耶達は東に手を貸そうとした。が、
「下がっててくれ、みんな。コイツは俺と真剣勝負したいようだ。」
「……。」
「拙者、福森豊太郎。いざ、勝負!」
 全員が言いようのない緊張感に支配されていた。
「拙者、菅野流剣士、東進太郎!勝負!」
 二人は間合いを取りながら近づいて行った。
「……。」
「……。」
「……。」
「……!」
 ある瞬間、二人が同時に動いた。そして二人の動きは交わり……。
「……。」
「……。」
 二人は剣を構えたまま止まっている。と、
「ぐはぁっ……。」
 福森が倒れた。
「やったー!センセーの勝ちだー!」
 とお沙耶が喜んだ瞬間だった。
「御用だ!御用だ!御用だ!御用だ!御用だ……。」
 教頭屋の周りを侍たちが取り囲み、中に入ってきた。
「おおっ!」
 山田は喜んでいる。
「こ、こいつらが突然この屋敷に乗りこんで……。」
「しまった……。」
 上原が悔やんだ顔になった。
「ど、どういうことなの?」
「俺ら、捕まっちまうようだ。」
 東たちが悔やんでいると、
「さ、さあこいつらです!こいつらがこの屋敷にいきなりやって来て私達の仲間を次々に……。」
 教頭屋がそう叫んでいる。と、
「静まれ!静まれ!」
 と言いながら一人のふくよかな男が馬にのって現われた。
「も、餅井大老様!」
 上原が叫んだ。
「た、大老って……。」
「たしか将軍の次に偉い……。」
 綾は呆然としている。
「餅井大老様、こいつらです!こいつらが……。」
「静まれい!」
 山田が喋っているのを餅井は制した。
「山田中町奉行及び教頭屋主人!」
「は、ははぁー!」
「娘をかどわかし売り飛ばした件により、逮捕いたす!」
「え、ええっ!」
「調べはついておる。大人しくお縄を頂戴しろ!」
「は、は、ははははぁぁ――。」
 山田と教頭屋は土下座したままだった。
「上原。」
「は、はい。」
 餅井大老は上原を呼んだ。
「この度の活躍、見事であった。いずれ、上様からお褒めの言葉があるであ<ろう。」
「あ、ありがとうございます!」

 それから数日後。
「ね、ねえなんで私達柏葉藩の屋敷に呼ばれるの?」
「わかんねーよ、そんなこと!」
 東、お沙耶、ゆいゆい、上原、清尚、栗子が柏葉藩の屋敷の中のある部屋で待たされていた。
「ね、ねえ、何でだと思う、センセー。」
「はあ……お陽さんどこいったんだろう……。」
 東はおちこんでいた。
「……そういや結局お陽さんまだ見つかってないんだっけ?」
「おそらくは売り飛ばされた後かそれとも自力で脱出して戻ってくるのに手間がかかってるか……。」
「え?自力で脱出したならすぐに戻って来れるんじゃないのか?」
「いや、教頭屋が捕まった事を知らなきゃ危ないと思って出て来れないだろ?それにもし江戸から出ていったのならいろいろとややこしいからね。」
「入り鉄砲に出女だっけ?」
「お、栗子さんはよく知ってますね。」
「それってなんのことなの?」
「ん?江戸からでていくおん……。」
「おい、お前ら静かにしろ。誰か来たみたいだぞ。」
「センセーはあのままでいいの?」
「ほっとくしかないな。」
 その時、ガラっとふすまが開いて白髪の男性が入ってきた。
「お待たせいたしました、私柏葉藩江戸家老、志村金一と申します。」
「で、今日はいったいなんの用なんですか?」
 上原が代表して志村に尋ねた。
「実は……姫、こちらへ。」
 と、志村が声をかけるとふすまが再び開いた。そこにいたのは……。
「あ、綾ちゃん?」
 優雅な着物を着た綾が立っていた。
「ひさしぶり、みんな。」
「あ、綾さん?」
「な、なんで?」
「だから……私がこの柏葉藩藩主、海野家の姫だからよ。」
「ええっー!!!」
「そして……。」
 綾の後ろからこれまた優雅な着物を着た沖田が現われた。
「私が姫のお目付け役兼お抱え医師の沖田里美よ。」
「えええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」
「綾が……姫……?」
 東もさすがに正気に戻っている。
「で、話しと言うのは皆様にお世話になったお礼がしたい、というのと……。」
 綾は東の前に座った。
「東先生、うちの藩で働かない?」
「え、ええ!?」
「東先生、聞けば菅野流の剣士なんですってね。」
「あ、ああ……。」
「それで、ウチの藩の侍たちにいろいろと教えてやってほしいのよ。」
「え、で、でも……。」
「いーじゃんセンセー働きなよ。」
「そうそう、このままじゃいつまでたっても貧乏のままだぜ。」
「でも……。」
「仕事なんだけど今度からウチの藩がやる学校の先生をやってほしいのよ。」
「先生?」
「そう。その学校はね、武士だけじゃなくて町人も通える学校なの。」
「てことはつまり……。」
「そう、お沙耶やゆいゆい君たちも来て良いのよ。」
「え!そうなの!?」
「ええ。だって東先生とみんなを離れ離れにするなんてできないものね♪」
「ねえ、先生。」
「あ、ああ。」
 お沙耶に言われて東はいったん姿勢を整えて
「よろしくお願いいたします!」

「しかしびっくりしたよ、綾さんが柏葉のお姫様だなんて。」
「まあね。」
 上原と綾が海野家の屋敷の縁側に座っている。
「ところでなんで長屋で暮らしてたんだい?」
「ん?上原君と一緒よ。」
「え?」
「『庶民からの目線も大事だ』。」
 綾は意地悪っぽく笑った。
「しかし……東が菅野流の剣士だったとは……。」
「私も驚いちゃった。」
「今は行方不明中の女剣士、菅野舞が創始者の流派だが……弟子がいたとは……。」
「本当。ところで私もわかんない事があるんだけど。」
「なんだい、綾さん?」
「なんで餅井大老様はあんなに都合よく現われたのかしら。」
「そういや……。」
「何か聞いてないの?」
「いや、全然。だいたい大老自らが調べたり捕まえに来るなんて……。」
「まだ謎は残ってるわね。」

 その頃、江戸城にて。
「今回も御苦労であった。」
 その部屋の中には餅井大老と女性が座っていた。
「この事件はそなたの鳥が手紙を運んできたから判明したようなものだ。見事であるぞ。」
「ははっ。」
 その部屋にいるもう一人の女性は頭を下げた。
「しかし……やはり東進太郎は菅野の弟子であったか。」
「私も半信半疑でしたが……。」
「まあとにかくひょっとしたらいずれは菅野が東に会いに来るかもしれん。それまでまた、見張っといてくれ、山下流くのいち、お陽。」
「ははっ。」
 そう言うとお陽は部屋から姿を消した。
 再び、東たちが暮らす長屋へと。


ひとまず、一件落着。


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