「あんた、旅の者かい?」
 町外れの家の前で不意に声をかけられた。
「はい。そうですが……。」
 ディングに声をかけたのは年老いた男だった。
「こんなところに何のようだ?」
「いえ、何かあるわけでは……。」
「ならば頼みがある!」
 年老いた男は突如声を大きくした。
「此処から西にしばし行った所にタスツという一つの城がある。そのタスツ城には呪いがかかっておるのじゃ。」
「呪い?」
「ああ、悪しき魔法使いカハトンがフレッカ姫様に横恋慕しおっての。フレッカ様を自分のものにするために城に呪いをかけたのじゃ!」
 その時、家の中から一人の女性が現れた。
「おじいちゃん、どうしたんですか?……あ、どうも。」
 女性が会釈をした。
「気にしないでくださいね、おじいちゃんちょっとその……。」
 女性が言葉を濁すと年老いた男を家の中へと連れて行った。

 それから数刻後。ディングは古ぼけたコケまみれの城門の前に立っていた。
「ここか……。」
 ディングの視線の先には薄暗い城が建っていた。
「開くのか?」
 そう呟きながらディングは扉に手をかけた。扉は重い音とともに動き出した。
「……意外と簡単に開くんだな。」
 ディングは一息入れると城の中へと入っていった。

 ディングの目に最初に入ってきた物は床に散乱している何人分もの骸骨だった。
「……姫を救いに来た勇者達、か。」
 ディングはそうつぶやくと城の中をあてどなく歩き始めた。
 静寂の中、ディングの乾いた足音だけが響き始めた。
 程なくディングは上へと進む階段を見つけた。階段を見るとディングは迷わず上へと進み始めた。

 二階、三階も静寂と骸骨が散乱していた。
「……でかい城だな。姫の部屋ってのはどこだ……。」
 そう言うとディングはその場に座り込んだ。
 ディングは袋から水入れを取り出し、少しばかり口に含んだ。そして黙ったまま城の中を眺めていた。
(城の大きさは普通より大きいぐらいか。呪いがかかるまではそれなりに繁栄していたのか―)

 ディングは王の間であったであろう場所に立っていた。王の間には立派な絵画が飾ってあった。
「……。」
 ディングは何も言わずに周囲を見渡した。
 王の間だけあって置いてある装飾品は埃を被っていたが煌びやかであった。また、王の間に散乱している調度品も質の高い物だった。
 ディングはしばらく黙っていた後、王の間を出た。

 ディングの乾いた足音だけが塔の階段で響いていた。一通り城内をまわったディングは最後の目的地として塔の頂上へと向かっていた。階段を登る間、ディングは一言も喋らなかった。
 数十分ばかり歩いた後、階段は終わった。そしてディングの前には大きな扉がたたずんでいた。
 ディングは一息つくと扉の取っ手に手をかけた。

 乾いた音と共に扉を開けると今までの部屋とは違い、埃一つない部屋だった。
「……キレイな部屋だな。」
 ディングはそうつぶやくと少しの間その場に立っていた。
「……。」
 数分ほど過ぎ、沈黙が続いた。ディングの視線の先には一つの立派なベッドがあった。
 ディングは黙ったまま、ベッドへと徐々に近づいていった。ベッドへと進むごとに足音が部屋中に響いた。
 ディングはベッドの傍に立った。ベッドには一人の美しい女性が安らかに眠っていた。
「……これがフレッカ姫か。そして。」
 そこまで言うとディングは視線をベッドから入り口へと向けた。
「あなたが、カハトンか。」
 ディングの視線の先には一人の魔法使いが立っていた。
「……死ネイ!」
 カハトンがそう叫ぶと炎の玉をディングへと飛ばしてきた。ディングはそれを軽々と避けた。火の玉はベッドへと真直ぐ向かった……が、ベッドの寸前で消えた。
「……ほう、姫を傷つけるつもりは無いのか。」
「姫ヲ奪ウ者、死ネ!」
 ベッドの傍から離れたディングに向かって火の玉、冷気、ナイフ、電撃……多くの攻撃が襲い掛かっていった。

 既に日は沈んでいた。ディングの息が徐々に荒くなっていった。
「……姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ姫ハ私ノモノダ!」
 カハトンは再びディングに向かってナイフを飛ばしてきた。
「ぐっ!」
 ディングは再び飛び避け、ベッドの傍へと戻ってきた。
「姫カラ離レロオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
 カハトンは激昂し、炎を手に襲いかかってきた。そしてディングは姫を飛び越え、ベッドの向こうへと飛び跳ねた。
「姫ハ、姫ハ、私ノモノダ。姫ハ、姫ハ……。」
 カハトンはフレッカ姫を見つめながら繰り返している。
 ディングは黙ったままそれを見つめていた。
「姫ハ、私ノモノダァァァァァ!!!!!」
 そう叫ぶとカハトンが飛びかかってきた。ディングは袋に手を入れつつ飛び避けた。
「グウ……。」
 カハトンがまたディングへと向きを変えた。
 ディングはカハトンがこちらを向いたのを確認すると袋から水入れを取り出しベッドに投げつけた。
「――!!!」
 カハトンはベッドの前へと飛び、水入れを掴んだ。
 そして次の瞬間、ディングの剣がカハトンの額に刺さっていた。
「カア……グアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
 カハトンはそのまま倒れた。
「ヒ、姫……姫……ヒメ……。」
 カハトンはそのまま動かなくなった。
「……死んだか。」
 ディングは目を瞑り、簡単な祈りを捧げた。再び目を開けフレッカ姫が眠っているベッドへと目をやった。
「……!」
 ディングの視界には先ほどまでの美しかったフレッカ姫の姿は無く、骸骨がベッドの上にあった。そしてそのベッドも古く、埃が深く積もっていた。
「……いったい……これは……。」
 ディングは静かにベッドへと近づいた。
 骸骨には、涙の痕があった。

 ディングはタスツ城の外へ出た。再びタスツ城を見るとそこは先ほどと同じように薄暗い城が建っていた。
 と、突如轟音が鳴り響いた。そしてタスツ城が崩れ落ちた。
「……カハトンの魔力でかろうじて持っていたのか……。」

 ディングは町外れの年老いた男の家へと向かった。が、
「――――!!!!!」
 そこには年老いた男も、その家族も、家も、町自体も荒れ果て、廃墟になっていた。
「……まさか……この町自体も……。」

 タスツ城から西に進んだところにあるコヅゥンの町にある噂話が広まったのはそれから数日後の事である。
 タスツ城に呪いがかかったのは数百年も前の事。その間、カハトンの魔力によってフレッカ姫は守られてきた、と。カハトンの魔力が無くなってしまえばフレッカ姫もタスツ城もタスツ城の支配下にあった町も数百年もの時が流れ、朽ち果ててしまった、と。



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