「え?」
「だから……やっぱり君とは付き合えない。ごめん。」
 男はそう言うとカウンターを立ち、店を出て行ってしまった。
「……あ〜あ。」
 残された女性はため息をついた。
「今日は上手くいくと思ったのに。」
「あの。」
 この店のマスターが声をかけた。
「どうなさいますか?」
「……ウォッカベースで何か作って。」
「あれ?伴坂さん?」
 女性の後ろから不意に声がした。
「……あら、真田くん?どうしてここに?」
「僕は一人で呑みに来たんですが、伴坂さんは?」
「私は……今フラれたところ。」
「……えーと。」
「いいのよ、無理になぐさめてくれなくて。あ〜あ、好きだったんだけどな〜羽田くん。」
「羽田、だったんですか。」
 突然真田の声のトーンが変わった
「……アイツね、信じてる女性に裏切られたんですよ。」
「え?」
 戸惑っている伴坂を無視して真田は話し始めた。
「僕は羽田とは大学のときからの友人なんです。その当時羽田は付き合っている女性がいました。二人は本当に仲のいい恋人同士でした。一度学祭のベストカップル大会で特別賞をもらった事もあったんです。そして、大学4年の時。僕や羽田は就職活動で忙しかったんです。……そのあたりからすれ違いが始まったようです。羽田に一度聞いたことはあるんですよ。大丈夫か、彼女寂しい想いしてんじゃないのか、って。その時羽田は大丈夫だ、とは言ったんです。そして秋になったころ、羽田は彼女と別れたんです。」
 真田は目をつぶった。
「……それだけ?」
 伴坂の問いには答えず真田は目を開くとまた話し始めた。
「そして年が明けた時。僕らの耳にその彼女が結婚したという話が聞こえてきました。もちろん、羽田も知ってます。だからアイツ、ひどく落ち込んだんです……。そして卒業するころ。卒業式の日に、羽田は自分の気持ちに整理をつけるつもりで彼女とその結婚相手と会おうとしてたんです。僕らはとめたんです。今ごろあってどうするんだ、って。でも羽田の決心は固かったんです。……ところが彼女は卒業式には姿をあらわさなかった。そのうち僕が彼女の結婚相手を見つけたんです。そして彼とだけでも話がしたい、と羽田は言ったんです。……でも。彼女は……死んでました。」
「死んだ?」
「はい。彼女……不治の病だったらしいんです。だからもう僅かしか残されてないってわかったんでしょう。結婚も親の意向で無理やり決めたものだったんです。彼女の結婚相手はそう言うともう、思い出したくないのかそのまま姿を消してしまいました。……彼女は結婚する気なんかなかったんです。たとえ、結婚しても僅かな時間でしかない。そして、その僅かな時間で羽田を一生縛り付けたくない、そう思ったんでしょう。」
「でも、彼は縛られている。」
「ええ……。彼女自身、まさか羽田がまだ未練があったとは思ってなかったんじゃないでしょうか。いやな女として忘れ去られれば羽田に何の負担もかけずに済む、と。でも……羽田はそう思わなかった。ずっと自分を責めつづけているんでしょう。それ以来、羽田は……。」
 そう言って真田が伴坂の方を向くとそこには誰もいなかった。
「……伴坂さん……。」
 真田はつぶやいた。
 そして、いつのまにか作られた水割りを口に持っていった。

To be continued……

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