ある街の片隅に孤児院があった。
 この孤児院には普段多くの子どもがいたが養子に出されたり病気のために亡くなったりで今は一人の女の子のみが残っていた。
 この女の子の両親はこの子が赤ん坊の頃に死んでしまった。父親は赤ん坊だった女の子を助けようとして車に轢かれてしまったのだ。その日以来母親は気がふれてしまったのか女の子を虐待するようになった。そして女の子が幼稚園に通うようになったある日、彼女が幼稚園から帰ってくると、母親は首を吊って自らの命を絶っていた。
 その日以来女の子は孤児院に預けられるようになった。
 その女の子はほとんど喋る事は無かった。心を閉ざし続けていたのである。そのためか養子の話も多くあったのだが、心を開かないという理由からか、愛想悪く黙り続けてしまい、ことごとく養子の話は無かった事になってしまったのである。
窓

 あるクリスマスの夜。
 女の子は自分の部屋から窓の外をボンヤリ見ていた。窓の外には高くそびえ立つビルがあった。彼女は一度あのビルに登ってみたいと思っていたが、それが彼女の唯一の望みだったのである。
「あら、まだ起きていたの?早く寝ないとサンタさんは来ないわよ。」
 世話係のシスターが部屋の中をのぞきながら声をかけた。
「はい。」
 女の子は感情を込めずに答えた。
「じゃ明かりを消すわよ……。」

 女の子はベッドにもぐっていたが目がさえていた。
 ……サンタなんかいるわけないじゃない。お父さんとかお母さんとかが枕元にこっそりプレゼントでも置いておくんでしょ。ま、あたしにはそんなのいないから関係無いけどね。……だめだ。眠れないよ。
 彼女はそう思いながらベッドから置きあがった。
「……あなた誰?」
 彼女がベッドから起きると一つの人影があった。彼女がそう尋ねるとその人影はおどけたように、
「ありゃ、まだ寝てなかったんだ。」
「あなた誰なのよ。」
 女の子は別に怖がらなかった。今死んだって別にどうって事無い、と思っていたからである。
「わしはサンタクロースだよ。」
 だんだん女の子がの眼が慣れてきて人影がはっきりしてきた。その人影は赤い服に赤い帽子、それにふかふかのひげを生やしていた。
「何そのカッコ、まるでサンタじゃない。」
「だからそう言ったじゃないか。」
 サンタと名乗る男は微笑みながら答えた。
「……で?そのサンタがなんの用なの?」
 女の子は呆れたような素振りを取っている。
「サンタの仕事って言ったらプレゼントに決まってるじゃないか。」
 サンタは何処からか袋を取り出しながら言った。
「さあ、どんなプレゼントが欲しいんだい?」
「あのね。」
 女の子はイライラしながら答えた。
「シスターに頼まれたと思うけど私そんなの信じないから。」
「何故?」
 サンタは微笑んだまま答えた。
「私には夢を信じる権利も無ければ幸せになる権利も無いの。」
「……?何言ってんだい。そんなことある訳ないじゃないか。」
 すると、女の子はベッドに座った。彼女はうつむきがちに話し始めた。
「私、赤ん坊の頃お父さんを殺したの。交通事故だったんだけど、お母さんが目を離したすきに道路に出てたんだって。そしたら車が来てそれに気付いたお父さんが飛び出して私を助けようとしたの。そしたらお父さんは私に手が届くと放り投げたの。その結果私は助かってお父さんは轢かれて死んじゃった。それからお母さんは何度も私を殺そうとしたわ。私に向かって『お前が私の大事な人を殺したんだ、お前が……。』って何度も何度も繰り返し繰り返し言い続けてきたわ。でも、私が幼稚園に行くようになったある日、首吊って死んじゃった。それから私はここで十年間暮らしてるんだけど誰からも私を必要としてくれる人はいないの。シスターにしたって私のこと厄介者扱いしてるんだし。」
 女の子はそう言うとうつむいたまま黙ってしまった。サンタは黙って女の子の話を聞いていた。
「……あなたサンタって言ったわよね。」
女の子は顔を上げてサンタの目を見つめた。
「ああ、何か欲しいものが決まったかい?」
「ちょっと来て。」
 女の子は窓のそばへとサンタを招いた。
「ここから高いビルが見えるんだけど……。」
 女の子はそう言うと窓の外を指差した。
「あのビルの一番てっぺんに行ってみたいの。」
「あのビルの?」
 サンタは少し不思議な顔をしたが、
「おやすいごようさ。」
 笑いながら答えた。

クリスマスツリー

 ビルの最上階の展望室。ここには今二人の男がいた。一人はこのビルのオーナーである。そしてもう一人はこのオーナーを殺しに来た若い男である。
 オーナーは若い男の顔をじっと見ている。
「どうしても、か?」
「もちろんだ。」
 若い男は妙に冷静に答えた。
「お前は今日死ぬんだ。」
 若い男はそう言うと拳銃をかまえた。
 その時だった。
「すごい……こんな事って信じられない。」
 女の子の声がした。その声は二人の男が立っている所からは見えない、かどの先からした。その声はだんだん近付いてくる。
「あなた、本当にサンタだったのね。ねえ、ちょっと向こうの方まで行っていい?」
 そう聞こえたかと思うと二人の男の前に女の子が走りながら現われた。
「あ。」
 女の子は二人の存在に気付くと戸惑った顔をした。そして、拳銃の存在に気付いた。
「……きゃあっ!」
 女の子が叫ぶと同時に若い男は拳銃を女の子に向けた。
「危ないっ!」
 オーナーがそう叫ぶと同時に女の子の前に立ちはだかった。
「……?何やってんだ。お前らしくないな。人の心の無いお前さんが子どもをかばうなんて。」
 若い男は憐れんだように笑った。
「わしはもう子どもを見捨てたりしたくないんだ。昔、まだわしに家族がいた頃、仕事で忙しい時に家内から電話があった。わしの子どもが熱を出して倒れたと。わしは仕事で忙しいからと相手にしなかった。しかしだ。帰ってみると子どもは死んでいたんだ……。そして家内はわしの前から姿を消した。わしの心にはずっとその事が残っているんだ。わしはもう子どもを見捨てて死なせたりしない、そう決めたんだ。頼む。」
 そう言うとオーナーはきっと若い男を睨んだ。
「わしの命はもう惜しくない。でも子の子だけは助けてやってくれ。頼む。」
 若い男はあっけに取られていた。
「……お前。」
 その時、サンタが向こうからやってきた。
「一体……何があったんです?」
「いや……その……。おい。」
 若い男はオーナーに向かって話し始めた。
「お前……まだ……人の心があったんだな……。悪かったな。俺、これから警察行って自首するよ。じゃあな。」
 そう言うと若い男は展望室から出ていった。
「ありがとうお嬢ちゃん。」
 オーナーは女の子の頭をなでながら言った。
「しかし、君らはどこからここに入って来たんだい?それにそんな格好、あ、今日はクリスマスだったな。」
「ですから私はいるんですよ。」
 サンタはおどけながら言った。
「お嬢ちゃん、いいパパだね。」
 オーナーは女の子に向かって言った。
 女の子は首を振りながら答えた。
「私、お父さんはいないの。今、孤児院にいるの。」
「孤児院?そうなるとロウパ通りにあるやつかな?」
「そう。」
 女の子は微笑みながら答えた。
「そろそろ帰らなきゃシスター達に気付かれるわ。帰りましょサンタさん。」
 女の子はそう言うとサンタの腕を引っ張った。
「あ、お嬢ちゃん。名前は?」
 オーナーは帰ろうとする女の子に尋ねた。
「マリア。」
 そう言うとマリアとサンタは行ってしまった。
「……マリア。」
 オーナーはその名前をつぶやいた。そして、明日孤児院に行ってマリアを養子に迎えようと思っていた。

「ねえサンタさん。」
「なんだね?」
 マリアは修道院に帰ってきてベッドに入りながらサンタにささやいた。
「私今までで最高のクリスマスかもしれない。ビルの展望室に行けたし、私を守ってくれる人にも会えた。それに、本物のサンタクロースに会えたんですもの。ねえ、ちょっと目をつぶって。」
 サンタは目を閉じた。そして、マリアはサンタにキスをした。

 サンタは世界中の子ども達にプレゼントを配り終えると自分の家に帰っていた。
 サンタはマリアのことを思い出していた。あの子が人を少しでも信じれるようになった。ひょっとしたらあの子だけじゃなく私にとっても素晴らしいプレゼントだったのかもしれないな。……もうこの仕事やめようと思ったけど来年からももう少し続けてみようかな。あの子のキスに誓って。
 Merry X’mas!!

〜END〜


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