満月の夜、山の中。二人の男女が走っている。二人の息はきれている。
「……ごめん……。私のせいで……。」
「大丈夫です。あなたは私が守ります、ラミーナ。」
 女性の名はラミーナ、王女である。
「……私を置いてあなただけでも……。」
「何を言うんですか、あなたを置いて行けるわけないでしょう。」
「……ありがとう、ロイエハ。」
 ロイエハという名の青年は教皇の息子であり、彼自身も司祭である。
「さあ、早く行きましょう……。」
 山の麓は紅く光っている。

 二人はある日恋に落ちた。二人は深く愛しあった。しかしその恋は許されるものではなかった。ラミーナには王家の一員として、そしてロイエハは次期教皇としての立場があった。
 そんな二人が結ばれる事は当然まわりの者、特に二人の親である王と教皇は激しく怒った。その結果、二人を引き離そうと様々な謀略が図られる事となった。
 しかし、ロイエハとラミーナの心はそんなことでは動じなかった。
 ある満月の晩ロイエハはラミーナの元を訪れた。
 そして、二人は城下町から離れた。

「……しかし……もうバレてしまったとは……。」
 ロイエハが下唇を噛んだ。
 ラミーナの胸元には静かにペンダントが輝いている。まるでラミーナの心を表すように。
 麓の紅い火は二人を探す人々のたいまつである。
「もう……ダメかも……。」
「……ラミーナ……行こう。」
 二人はずっと山道を歩いて行った。

「ここは……。」
 二人はある古城の前に立っていた。
「お城……こんなところに……。」
 山の奥にたたずむこの城は人の気配がまったくしなかった。
「ひとまずこの中に入ろう、ラミーナ。」
 ラミーナは黙ってうなずいた。

「いったい何の城なんだろう、ここは……。」
 二人は階段を登っていた。
「ロイエハ……。」
 ラミーナはロイエハの腕にしがみついていた。
「お願い、私を一人にしないで……。」
 ラミーナの声は頼りなく響いた。
「大丈夫です。あなたからは離れません。」
 その時だった。城の入り口が開く音がした。
「!!!!!」
 二人の顔は引きつっていた。
「……よし、とりあえずこの城の中を捜すぞ。」
 遠くから男の声がそう響いた。
「……来ましたね……。」
 ロイエハは小さくつぶやいた。
「……どうしよう……。」
「とにかく、逃げましょう、どこかに。」

 二人は階段を上って行った。上へ、上へ。闇の中、二人は上りつづけた。
 突如、二人の視界が開けた。そこは城の上であった。そばには見張り用の塔がそびえたっている。
「……とうとう追い詰められましたね。」
 ロイエハはそう、つぶやいた。
「……もう逃げれるのは……。」
 そうラミーナは言いながら見上げた。そびえたつ塔を。
 城の中から声が聞こえ出した。追っ手はそこまで来ている。
 そちらから言い出す事も無く、塔の中へと入っていった。

「……もうここまでか。」
 風のふく中、ロイエハは下を見ながら覚悟を決めたようだった。
「ロイエハ……。」
「姫、今ならまだ間に合います。あなただけでも……。」
「私は……あなたと運命をともにします。」
「……ラミーナ……。」
 そうしている間にも徐々に声は近づいてきている。
「……ねえ、聞いてロイエハ。」
 ラミーナが口を開いた。
「私達は結ばれてはいけない二人だったと思う?」
「……。」
 ロイエハは黙っている。
「私はそうは思わない。もし、結ばれてはいけないというのなら何故私達は出逢ったの?」
 ラミーナの目には涙が流れ始めた。
「私は……そんなバカな事を神がするなんて思えない。もしするならそれは神が間違っているのよ。神が私達を認めてくれないなら……。」
 いつのまにやらロイエハの目にも涙が光りだした。
「私達は別の世界へ行きましょう。別の神が支配する世界へと生まれ変わりましょう。ロイエハ、あなたはどう思う?」
「私は……不安です。もし別の世界へ行ったとして……私達は同じ場所にいられるでしょうか。」
「それは私達次第よ。」
 ラミーナは答えた。ロイエハはゆっくりうなずいた。
「……ラミーナ、行きましょう。私達が本当にいるべき場所に。さあ、二人で生まれ変わりましょう。」
 そう言うとロイエハはラミーナの手をとった。
「ええ。行きましょう。……これから先どんなにあなたと離れても……いつか……必ず……。」
 そうラミーナが言うと二人は塔から飛び降りた。
 二人は少しの時間闇の中を飛んだ。その時、二人の唇は重なった。
 そして……闇は二人を包み込んだ。二人の姿はどこにも無くなっていた。

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