それから……長い時が流れ……。
「さあ、早く逃げよう!」
 一人の男が女を連れて走っていた。女は何も喋らずに走っていた。
「早く……。」
 二人の男女はただ、走っていた。

「……ここまで来れば……。」
 男の息はあがっていた。
「ねえ、ヒエアー……ごめんなさい、私のせいで。」
「いいえ、あなたのせいなんかじゃありませんよ、リマナ。」
 ヒエアーと呼ばれた男は笑顔を見せた。
「しかし……しつこいな、あいつら。」
「……ヒエアー……どう思う?私達つきあっちゃいけな……。」
「そんな事言わないでください。私はあなたと出会えて本当に……。」
 少しの間、二人は見つめあっていた。突然遠くから二人を追う声が聞こえ始めた。
「……ここもダメですね。急いで行きましょう。」

「こんな山奥に城があるなんて……。」
「ええ、私も知りませんでした。いったい……?」
 二人は辺りを見まわしている。
「でも……いつここまで追っ手が来るか……。」
 そうリマナはつぶやいた。
「……。」
 ヒエアーは黙っていた。
「ねえ、ヒエアー。私達は本当に出会うべきだったと思う?」
「もちろんです。」
「ならどうして反対されるのかしら。」
「それは……くだらない見栄のためでしょう。家がどうの血筋がどうのといった。」
「……私は……そうは思ってないんだ。」
「……。」
 ヒエアーはリマナの顔を黙って見つめている。
「私は神様のせいじゃないかなって思ってるんだ。」
 リマナは顔を下に向けた。
「もし……結ばれちゃいけないんだったら最初から出会わせなきゃいいのよ。出会わせたのに結ばせないなんて……神様って平気で残酷な事するのね。」
「リマナ……。」
 ヒエアーが何か言おうとしたその時、追っ手の声が響いた。
「行きましょう、リマナ。」

「ここは……。」
「塔の上ですね。もう……逃げ場はありません……。」
 ヒエアーは唇を軽く噛んだ。
「ヒエアー、さっきの続きなんだけどいいかな?」
 ヒエアーは黙ってうなずいた。
「もしこの世界で結ばれないように神様がイジワルしてるとしたら……二人で別の世界へ逃げない?」
 ヒエアーは黙っている。
「どこか遠くの世界で二人一緒に生まれ変わりましょ。そしてこの世界の神様を見返してあげましょう。」
「……そうですね。」
 その後は二人とも黙ってしまった。
 階下から追っ手の声が近づいてきた。二人は見つめあい、うなずきあった。
 そして……。
「行きましょう、リマナ。」
 そうヒエアーが叫ぶと二人は闇の中へと飛びだした。
 闇は二人を包み込んで行った。
 あたりは真っ暗になった。その時、声がした。
「以上をもちまして『劇団ものとおん』第14回公演『Tragic Love』を終了いたします。皆様たいへんありがとうございます。次回公演をどうぞお楽しみに。」
 アナウンスが終わると場内は明るくなった。
「いやーお疲れー。」
 舞台裏でひげの生えた男が先ほどまでヒエアー役をやっていた男に話しかけた。
「最高の舞台だったよ、廣井。」
 ヒエアー役だった廣井明宏は満足そうな顔になった。
「私だけじゃないですよ。ほら、我らがヒロインの……。」
「お疲れっ!」
 二人の後ろからリマナ役の真宮莉奈が声をかけてきた。
「よ、お疲れ。」
「いや〜本当お前らスゴイよ。お客さんとても感動してたよ。」
「何言ってるんですか、脚本が良かったからですよ、先生。」
「まあいい。お前らこの後打ち上げだからな。今夜は覚悟しとけ〜。」
 そう言うと先生と呼ばれた男はその場から離れた。
「本当、ありがとうな。」
「なーに言ってんの、らしくない。」
「悪かったな。……ところでお前、打ち上げいつまでいるの?」
「さあ?その場のノリかな?」
「そっか……あのさ、ちょっと言いたい事あるんだけど時間取れるか?」
「別に良いけど……何なの?」
「ん?今日の演技のダメだし。」
「えー。今日ぐらい明るくいこうよー。」
「さあね。」
 そう言うと廣井は他のスタッフの方に行ってしまった。
「……まさか、ね。告白なんて事……ないよね。」
 真宮は誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
「そうだったらラッキーなんだけどね。」
 真宮もその場を離れた。
 この主役をやった廣井明宏と真宮莉奈、実はロイエハとラミーナの生まれ変わりであり、これから数年後二人は結ばれるのだが……それはもう少し先の話である。二人は時を越え世界を越えて、やっと結ばれる運命になったのである。

END


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