テントから外に出ると、曇り空だった。
 ……洗濯物は無いようだな。いかんいかん、オレは侵略者なんだぞ。洗濯物の事など心配している場合か!
 と、オレの耳になにやら美しい音楽が聞こえてきた。
 ……ピアノか。一体誰だ、こんな軟弱な音楽を……。
 リビングの方に目を向けた。そこには―
「あれ?ギロロじゃないの?そんなところにいないで中に入ってらっしゃいよ。」
 夏美がいた。
「ん?なんだ夏美か。それにしてもこの音楽はなんだ?」
「ああこれ?学校の帰りに借りてきたんだけどね。……いいから入ってきなさいよ。」

 リビングのソファーにオレは腰を下ろした。
「まったく。早く入ってくればいいのに。」
 うわっ!な、夏美がこ、こんな近くに!……いやいやいかん、冷静沈着に。オレは侵略者なんだぞ!
「いいか夏美、オレは、侵略者なんだぞ。」
「わかってるわよ、いまさらそんな事。……はい、帰りにチョコレートも買ってきたんだ。」
「ふん。また甘いものか。……で?この音楽は何だ?」
「音楽の授業で習ったんだけどね。ショパンっていうの。」
「ショパン?」
「うん……この曲はね、『ノクターンの第2番変ホ調』っていうんだって。」
 そう言いながら夏美はオレにほほえんだ。相変わらず、笑顔がまぶしい。
「ほーう。」
 そう返事をするとタイミングよくその曲が終わった。
「で、次の曲が……えーと『前奏曲第7番イ長調』か。」
 ステレオから流れてきた曲はどこかで聞き覚えのある曲だった。
「……この曲は……。」
「ギロロでも聞いた事あるでしょ?ほらテレビのCMの。」
「ああ……。」
 そう返事をしながらもよく思いだせなかった。そう言っているうちにこの曲も演奏を終了した。
「そして次の曲が……ギロロにぴったりの曲よ。」
「オレに?」
「うん、『英雄ポロネーズ』っていうの。」
 夏美がそう言い終わると同時に新しいピアノの音が流れてきた。
「……なんだこの激しい曲は。」
「ショパンが自分の国の事を思いながら書いたんですって。」
「ほう、そのショパンとやらも軍人だったのか?『英雄』などと意気を高揚させる曲を書くとは」
「……高揚って……ギロロって本当に軍人なのね。」
 夏美は少し呆れたような表情を見せる。仕方ないじゃないか、オレは軍人として、侵略者としてこの星に来たんだ!……そう、仕方のないことなんだ。
「だったら次の曲は聴かないほうが良いかもね。」
「何故だ?」
「次の曲は『革命のエチュード』っていうんだけどね。」
「革命?なら軍人にピッタリな曲だと思うんだが……。」
 と、突然激しいピアノの音がステレオから流れてきた。
「!なんだ!敵の襲撃か!」
 オレは銃を構えた。
「そんなわけないじゃない。これが『革命のエチュード』っていう曲よ。」
「……そうか。」
 オレはそう言いながら銃を下げた。夏美は相変わらず呆れ顔だった。……いや、少し憂いているようにも見えた。
「……次の曲が『小犬のワルツ』ね。」
 犬……夏美には責任は無いが、「犬」と言う単語を聞くとつい「噛ませ犬」を連想してしまう。地獄のソルジャーと言われたこのオレに、まさか噛ませ犬属性があるとはな。
 この犬の曲ははさっきの曲よりテンポが速い曲だった。
「どう?ギロロ?」
「ん?そうだな……さっきよりは、速いかな。」
「……まあね。」
 夏美はそう言いながら苦笑いを浮かべた。……もっと音楽の事を学ぶべきか。
「この曲はね、ショパンがサンドっていう人から『自分の小犬のことを曲にしてほしい』って頼まれて作った曲なんだって。」
「ほう?ショパンとやらも暇なんだな。犬のために曲を書くとはな。」
「でも、犬が元気にじゃれてくる様子が目に浮かばない?ほら、こう……。」
 そう言いながら夏美は犬をかわいがるジェスチャーをし始めた。
「まったく。オレにはよくわからんな。」
「もう〜本当にギロロって根っからの軍人なのね。いっつも戦いの事ばっかりで疲れない?」
「それが、軍人だからな。仕方が無い事だ。」
 いつしか新しい曲が流れ始めていた。ふと窓の外に目をやると雨が降り始めていた。
「あら、雨か。冬樹ってちゃんと傘を持っていったのかな?」
「さあな。まあアイツなら雨が降っていてもどうにかするだろうがな。」
「……でもピッタリな曲よね。」
「ん?」
「この曲ねえ……『雨だれ』っていうの。」
 雨だれか。
「なるほど、雨の音に聞こえなくも無いな。」
「くすっ。」
「ん?なんだ?」
「ギロロも音楽の事わかってきたじゃない。」
「そうか?」
 そう言いつつ、オレは顔がニヤけるのを我慢するのに必死だった。

 次に流れてきたのは、何とも言えない寂しい曲だった。
「なんだ?この曲は?」
「……この曲は……『葬送行進曲』」
 ……。
「……。」
 ……。
 なんとも言えない沈黙が続いた。
「……まあオレは軍人だからな。いつ死ぬかわからんし。」
「やめてよ、縁起でもない!」
 そう夏美は怒鳴った。
「スマン。」
「……ごめん、ギロロ。怒鳴ったりして。」 「……。」
「……。」
 再び沈黙が続いた。

 ようやく曲が変わった。しかしまた何か寂しげな曲が流れはじめた。
「……なんだ、この曲は?」
「……この曲は……『別れのワルツ』」
「別れ?」
「うん。ショパンが恋人のマリアに贈った曲なんだって」
 こ、恋人!恋人って……オレと夏美が……こ……。
「ギロロ、ちゃんと聞いてる?」
「あ、ああ。」
 オレは慌てて顔を平静に戻した。しかし恋人への贈り物か……ん?
「……しかし妙じゃないか?」
 オレは夏美に頭に浮かんだ疑問を聞いてみることにした。
「恋人への贈り物の曲なんだろ?何故『別れのワルツ』なんだ?」
「……ショパンとマリアは互いに愛し合っていたんだけど……ショパンが病弱という理由でマリアの家族の大反対にあってね。それで別れさせられたの。」
「……ひどい話だな。」
「この曲が見つかったのはショパンが死んでから。この曲の楽譜と、マリアからもらった手紙、バラの花束と一緒に机の奥にしまいこんだの。『我が悲しみ』と記してね。」
 ……我が悲しみ、か。オレにとっての悲しみは……。
「ねえギロロ。」
 夏美が突然真剣な顔になった。
「ギロロ……はさ、いきなりどこかへ消えたりしないよね。」
「……。」
「例えばあなたの星から突然帰ってこいって言われても……。一人でどこかへ戦いに行って、そのまま帰ってこなかったりとか……やめてよね。」
「……夏美……。」
 オレは夏美の顔から目が離せなかった。
「ねえギロロ……私……。」
「な、夏美……。」
「たっだいま〜であります〜♪」
「「うわあああああああ!!!!」」
「あり?二人ともどうしたでありますか?」
 ケ、ケロロ!
「ギロロ伍長?どうしてそんな怒った顔に……夏美殿もなんで赤くなっているでありますか?そうしているとまるでペアルックみたいになっているでありますよ?」
 !!!
「ボ、ボケガエル!」
「ケロロ、貴様ぁ!」

 ……いつのまにか、ステレオからは何の曲も流れなくなっていた。


「ちっ。後少しだったのになぁ。」
 クルルズラボ。
 巨大モニターの前にクルル曹長が座っていた。
「もうちょっとだったんだけどなあ。クークックックック。」
 巨大モニターにはリビングで倒れるケロロ軍曹が映っていた。


END


Photograph
Count Down
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