その日の昼休み、重樹は食事も取らずにある店の前にいた。
「よし、これで準備よしっと。」
彼は店に背を向けて立っている。
「しかし……まさか向こうから誘ってくるとは……。」
彼はこの店から出てきたところである。
「ま、いっか。どのみち誘うつもりだったんだし。」
彼の手には小さな箱が握られている。そしてその箱の中には
「指輪のサイズあってるよな……。」
彼はこの日の夜敦子を呑みに誘い、その時に渡そうと思っているのである。ちなみに指輪のサイズは昨晩敦子が酔ってまどろんでいるスキに計っておいたのだ。
「多分敦子の奴覚えてないんだろうな。」
重樹は何となくつぶやいた。
「アイツ……俺が告白したらどんな顔するんだか。」
重樹は心なしか軽い足取りで社のほうに戻っていった。
その頃。
敦子は自分の机に座っていた。
「まずい……。」
「どうしたんですか?」
敦子の隣、つまり重樹の席には鈴卯が座っていた。
「いや……その……また……。」
「まさかまた吐いちゃったんですか?」
「いや……何にも覚えてない……。」
「敦子さん……本当お酒だけはどうにかした方がいいですよ。」
「うーん……まあねぇ……今夜もちょっと……。」
「また呑みに行くんですか?」
「うん。重樹にちょっと貸しがあるし。」
「貸し?」
「うん、なんだか朝ご飯作っててくれてさ。」
「それって……。」
「何?」
「未来の夫婦生活の……。」
「あ、あのねえ。」
敦子の声は明らかに動揺した。
「……好きなんですか?重樹さんの事。」
「……バレてた?」
「ええ。でも浮野先輩とかはおもしろがってるだけみたいですけど。」
「……まいったな……。」
「で、重樹さんはその事知ってるんですか?」
「いや、言ってない。」
「じゃあ今夜言うと……。」
「いや、そういう訳じゃないんだけど。」
「ふーん、じゃあ私が重樹さんの事とっちゃおうかなー。」
「え!?」
敦子は思わず立ちあがった。
「ウソですよ、敦子さん。」
「もう……。」
「でもがんばってくださいよ、敦子さん。」
「がんばるって……何を?」
「それは……。」
その時重樹が外から戻ってきた。
「あれ?二人とも何話してんだ?」
「え、敦子さんが重樹さんの……。」
「こらっ!言わないでよ。」
「?」
「いや、もう何でもないの、そう女同士の秘密。」
「言ってる事が古いぞ。」
「悪かったわね!」
「じゃ、私は邪魔なようなので自分の席に戻りまーす♪」
「邪魔ってねぇ……。」
「何お前、鈴卯の事いじめてんの?」
「違うわよ。」
「あ、そう。」
そう言いながら重樹は何気なく指輪ケースを机の引出しの中にしまった。
「何しまったの?」
「ん?まあ……ちょっとした物。」
「は?」
「まあいいじゃないか。」
重樹は何となく笑顔になった。
「それより今夜、あまり酒飲むなよ。」
「それどういう意味?」
「そのまんま。」
「おい。」
机の中には今夜とびっきりの輝きを見せる事になる指輪が静かにその時を待っていた。つまり、重樹が敦子に告白する時を。
とりあえずの、FIN
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