「あ、もしもし。担当の蓑岡です。次の打ち合わせなんですがいつにしましょーかー?とりあえず来週中にはやっておきたいんで……また都合のいい日にでもー。」
「もしもし。村田です。近いうちにお話したいことがあるんです。……ひょっとしたらしばらく泊まるかも。では、はい……。」
「あ、もしもし根田様ですか?こちらはと月ヶ岡塗装申しまして、塗装工事のご用命がないかとお電話した次第なんですが……また電話いたします、それでは。」
「あ、もしもし?関月です。お久しぶりです。えーと、今度の単行本の表紙なんですけど、だいたいのイメージができましたんでバイク便で送っときますから一度見ておいてください。……いいかげんFAXぐらい買ってくださいよー。ではまた。」
「よお、根田?聞いてるか?中村だ。今度またのみに行こうや。じゃまた連絡しろー。じゃーなー。」
「あ、もしもし笹月です。じつはちょっと困ったことになったんです。それで……あのー……近いうちにご相談しようかと。また連絡します。あ、親には内緒で。」
「……すいません、まちがえました。」

「ふあああああああああー。」
 根田正治は寝ぼけながら留守録のメッセージを聞いていた。
「ふう。」
 根田は軽くため息をついた。
「昨日は……またけっこう電話あったんだな……。」
 根田は頭を書きながら洗面所へと向かっていった。
「しかし……はやいとここの仕事終わらせないと……逢坂が怒るからなー……。」
 根田正治はエッセイストである。昨日は仕事があまり進んでいなかったので仕事場でカンヅメになっていたのだ。ので、丸一日仕事場から出ていなかったのである。
「しかし……今何時だ?」
 根田が時計を見ると「23:43」をさしていた。
「23時……か。」
 根田は顔を洗い終えるとリビングへと戻っていった。ちなみに根田が住んでいるのは都内にあるマンションである。部屋数は5つでそのうちのひとつが仕事場であり2つがパーソナルスペース、そして残り二つが空き部屋となっていた。根田はけっこう売れっ子の作家であり、このマンションは3年前に大当たりした「3時間前」というエッセイ集の印税で買ったものである。
「さて……また仕事に……。」
 そう根田がつぶやいた時だった。
 ぴんぽーん。
「ん?なんだ?こんな時間に……。」
 根田は何も考えずに玄関へと向かった。
「はい?」
「あ、村田です。すいません、今日泊めてください!」

 マンションの入り口では村田真志と女性が立っていた。
「え?いきなりだな。まあ、いい。入れよ。」
「あのー……。」
「ん?なんだ?」
「あ、いや。とりあえずそっちに向かいますね。」

「あ、ちょっと待ってて。いきなりだと驚くと思うからさきに入って事情を説明してくる。」
 女性は黙ってうなずいた。
 ドンドンドンッ。
「開いてるぞ〜。」
 中から根田の声がした。
「失礼します!」
「おお、久しぶり。どうした?」
「実は……私だけじゃないんですよ。」
「え?」
「その……女性が……。」
「何?」
「お願いです!二人とも泊めてください!」
「そりゃ、まあ。しかしどういう事だ?まったく話が見えてこないぞ。」
「実は僕……家出してるんです。」
「家出?」
「ええ。それともう一つ。彼女には僕のこと内緒にしててくださいね。」
「は?」
「つまり……僕が村田財閥の跡取の村田真志だという事ですよ。」
「身分を隠してお忍びで、ってことか。」
「ええ。とにかくお願いします。僕はただの大学生、村田真志です。」

「失礼します。」
 真志が女性を根田の部屋に招き入れてきた。
「はじめま……!」
 女性の目が微妙に動揺している。だが、真志はそれには気づかなかった。
「あ、はじめまして。根田です。」
「あ……笹月真亜美と申します。」
 真亜美も少し落ちつきながら名乗った。
「おい、村田。あの……何処の部屋で寝るんだ?二人一緒に寝るのか?」
「いや……そのそりゃ別々で……。」
「じゃ、どっちがどっちの部屋で寝るかお前が決めて来い。」
「あ、はい。」
 そう言うと真志は部屋を出ていった。
「……で、だ。」
 根田は真志が部屋を出ていったのを確認すると真亜美に話しかけた。
「俺と知り合いだってのは黙ってたほうが良いみたいだな?」
「はい。」
 真亜美はゆっくりうなずいた。
「私……彼には黙ってるんです。」
「笹月財閥の一人娘だって事をか。」
「はい……。」
「わかった。でも事情を……。」
 その時、ドアの向こうから真志が部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。
「あ、それはまた後で、な。」

 そして深夜。
「……寝たか?」
 根田がソファーに座っていた。
「はい。」
 真志が部屋に入りながら答えた。
「……。なあ、そろそろ聞かしてくれるか?理由を。」
「はい。実は……駆け落ちみたいなもんなんです。」
「駆け落ち?」
 根田の声が怪訝そうになった。
「ええ。親には……後で言うつもりで。」
「?後で?」
「今日本当だったら僕は見合いだったんです。」
「ふーん。」
「で僕は別に乗り気じゃなかったですし……ま、別にいいかなってぐらいにしか考えて無かったんです。当日見合い会場に行った時……ゴールドホテルって所だったんですが……。」
「一流ホテルだな。」
「約束の時間までまだ時間があったんでホテルの近くをうろついてたんです。そしたら彼女に出会って……。」
「ふむ。」
「僕の一目惚れなんですよ。思わず彼女に声をかけたんです。」
「ようはナンパだな。」
「そしたら彼女曰く親が見合いしろってうるさいらしいんですよ。でも彼女は恋愛で結婚したいと。で、そのまま。」
「はあ?」
 根田の声が呆れていた。
「ちょっとまて。かなり話が飛んだぞ、今。」
「いや、まあ……どうやら彼女も僕に一目惚れらしくて。」
「……。」
 根田は頭を抱え込んだ。
「だから見合いすっぽかしちゃったんですよね。それで……親は怒ってるだろうなぁ、と。」
「それで逃げてきた、というわけか。」
「はい。いつかは親に言わなきゃとは思ってるんですが……。」
「わかった。様子見て親に報告に行って来い。そのかわりここにはあまり長く居るなよ。」


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