翌日。家に真志と真亜美を残して根田は出版社の竹文出版に現れた。
「あれ?根田さんどうしたんです?」
 担当者の蓑岡は根田を見ると意外な声をあげた。
「いや、これから忙しくなりそうなんで早めに打ち合わせを、とでも思ってな。」
「だからってね。前もって連絡するとかあるでしょ?」
「まあまあ。……そういや知ってるか?村田財閥の息子が見合いしたって知ってるか?」
「ああ、たしか根田さんの後輩でしたよね。」
「そうそう。」
「うーん……僕ではわからないですけど……ちょっと経済方面に詳しい奴いるんで聞いてみましょうか?」
「ああ、頼むわ。」

「ああ、そうか。それは……。じゃあ、ありがとうな。ん?ああ、それはもうちょっと待ってくれ。んじゃ。」
 そう言うと蓑岡は受話器を置いた。
「どうだった?」
「えーと、なんか変なんですよね。」
「変?」
「ええ、見合い相手は笹月コーポレーションの娘さんです。」
「……痛……。」
 根田は顔を抑えた。
「はっきり言ってコレは凄い事ですよ。」
「え?」
「いやね、この見合いが上手くいけば村田と笹月が組む事になるんですよ。」
「?」
「だって大財閥が組む事になれば日本の経済がガラっと変わるんですよ。」
「ああ……。」
「言っちゃなんですが日本の経済の今後を占う見合いなんですが……その結果が聞こえてこないんですよ。」
「……ああ……。」
「だから変な噂も流れてるんですよ。失踪したとか。」
「……。」
 根田は黙ってしまった。
「ま、そんなとこです。そういや逢坂が怒ってましたよ。原稿がまだ来ないって……。」
「あ、そうだ。あいつの原稿やらなきゃ……。」
 そう言うと根田は立ちあがった。
「じゃ、頑張ってくださいね。」
「ああ。」

 根田が家に帰ってくると普段彼の家から絶対に流れてこない 匂いがした。
「?なんだ?」
 根田がそう思いながら玄関を開けると中から楽しそうな声が していた。
「あ、おかえりなさい!」
 真志が根田に叫んだ。
「お前……声がでかいって。」
「ちょうど晩御飯できてますよ。」
「え?」
「あ、根田さんお帰りなさい。」
 真亜美も台所から現れた。
「ああ……晩御飯って?」
「私が作ったんです。」
 見ると、真亜美の手にはパスタの皿があった。
「いや……俺ん家によくそんなのあったな。」
「買いに行ったんです。」
「……お前らなあ。」
「はい?」
「あ、まあいいや。とにかく食べようか。」

 その日の晩。
「はあ。」
 根田はリビングに一人で座っていた。
「頭痛くなってきたなぁ……。」
 根田は酒を飲んでいた。すると、
「ちょっと……いいですか……?」
 真亜美がリビングに入ってきた。
「ああ、いいけど。」
「あの……そういやまだお話してなかったんですが……。」
「……あ、そういやまだ理由聞いてなかったか。」
「ええ。」
「うっかりしてた。」
 真亜美は座りながら話し始めた。
「私実は見合いをする予定だったんですよ。でもあんまり乗り 気じゃなくて。当日、約束の時間には早かったのでボーッとし てたんですね。そしたら彼に会って。」
「……。」
「私……彼に一目ボレしたんです。」
「……。」
 根田は黙って話を聞いていた。
「彼かっこいいんですよ〜。初めて会った時に『あの、コレ落 としませんでしたか?』ってハンカチを渡してくれたんです。 その優しさも本当に好きで……根田さん?」
「ん?ああ。」
 根田はけっこう呆れながら聞いていた。
「なんだかお前のノロケしか聞けてない気がするんだが。」
「ま、まあそんなわけなんです。私結婚相手は恋愛でって決め てますから……。」
「つまり、いまのとこ実家に帰る気は無いのか?」
「帰れたら帰りたいですけど……彼との結婚許してくれそうに 無いですから……。」
「そっか……。あ、そうそう一つ言っとくけどなここに隠れて いたいなら外に出る時は注意しろよ。誰かに見つかったらまず いだろ?」


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