ヴィルカナ城

―今から三年前。ヴィルカナ城に一人の巫女が現れた。
「お久しぶりでございます、王。」
 巫女はヴィルカス21世の前に頭をたれた。
「いったい、何があったというのだ、水鏡の巫女よ。火急の用とは。」
 ヴィルカス21世は重々しい声で尋ねた。
「実はいつものように占星術で占っておりましたところ……その……。」
 巫女は口ごもっている。
「どうした?いつものそなたらしくないな。」
「は……実は……魔王が新しく現れであろうと。」
「……何。」
 ヴィルカス21世は驚愕のため顔が固まっている。
「それは真か。」
「ええ、このままでは大いなる災厄が……。」
「……いったいどこにいるのだ、その魔王は……。」
「わかりませぬ。何一つ見えませぬ……。」
 二人はそのまま黙ってしまった。
 そして、そんな二人を影からひそかに見ている男がいた。それが、ギツである。
 ギツはヴィルカナ王国内の防具販売を行う商人家の跡取息子である。この日は父親の共についてきたのだがなにぶんにも初めて城へ訪れたためついフラフラと歩き回っているうちに一つの部屋に入った。その部屋には窓の無い暗い部屋であった。気味が悪くなり外に出ようとしたところ、誰かがその部屋に入ってきた。思わず彼は物陰に隠れた。部屋に入ってきた人物、それこそが王と巫女である。
 ギツは二人の話を黙って聞いていた。

 そのころ、城下町では一人の長い黒髪の女性が道行く人を呼び止めていた。しかしその女性の言うことに耳を貸す人物はほとんどいない。と、
「一人ですか?」
 一人の男が声をかけてきた。ナンパである。
「え、ええまあ。」
「じゃあ僕とどこか飲みに行きません?」
 男は女性の手を握りながらナンパしだした。
「いえ……私は巫女ですから……。」
「へ?」
 男の顔が曇った。
「巫女?巫女って何か予言とかする……?」
「はい。このあいだのことです。いつものように占っていたら……。」
「ちょ、ちょっとまって。」
 女性が語り出そうとするのを男は慌ててさえぎった。
「巫女って……あなたは……いったい……?」
「私は……アキヨミナ。水鏡の巫女の義娘です。」
 女性は突然まじめな口調になった。
「水鏡の巫女の……義娘。」
 男の顔は明らかに驚いている。
「で、でもいったいなんでこんな所にいるんです?こんなとこ、あんたみたいな人がくるところじゃないよ。」
「一つの予言がありました。」
 アキヨミナは淡々とした口調で話し始めた。
「昔……古の時代、この国、いやこの世界全てが危機に陥ったことがありました。」
「聞いたことがある。魔王が現れ……。」
 そこまで言った時男はある一つのことに気がついた。
「まさか……。」
「ええ。魔王が現れたと。正しくは現れるであろうと。」
「てことはまだ現れてないってことか。ならいいんじゃねえか。いまのうちにやっつける準備しとけば戦って倒せるかもしれないだろ。」
 アキヨミナの顔は不思議そうな顔になった。
「あなたは勇敢な人なのですね。」
「へ?」
 男は戸惑った顔をしている。
「みんなは笑って信じてくれません。信じる人は逃げよう、とささやくばかりです。でもあなたは……」
 そこまで言うとアキヨミナは笑顔になった。
「戦うって言ってくれた。」
「いやその……。」
「お願い。」
 アキヨミナは男の手を握った。
「私と一緒に旅に出ましょ。何処にいるかわからないけど魔王を倒しに。」
「えぇ?」
「明日の朝、町外れの教会で。じゃ、明日……。」
 そう言うとアキヨミナは走って行ってしまった。
「魔王を倒しにって……できるのか?」
 そして男も歩き出そうとした時、
「あ。俺……自分の名前彼女に言ってねえ……。」


 そして翌朝。
 朝もやが立ちこめる中、町外れの教会に剣をたずさえた一人の男がいた。
「しかし……俺もよくやるよな。ま、いいか遅かれ早かれ旅に出てたんだろうし。」
 男は町の中心部の方をふと眺めた。
「それにしても遅いな。まさか俺騙されたんじゃないか?」
 そう男がつぶやいた時だった。朝もやの向こうから人影が走ってきた。
「すいません、遅れました。」
 アキヨミナはそう言いながら男の前に姿をあらわした。
「えっ……。」
 男はアキヨミナの装備を見て絶句した。
「どうしたの?似合わない?」
 アキヨミナは巫女の義娘にはとても見えない鎧に身を包み剣をたずさえていた。
「いや……巫女って言うから魔術師みたいなカッコかなって……。」
「ふふっ。私、本当は剣士になりたかったの。巫女の義娘なんだけどさ、やっぱり勇者とか英雄とかってもてはやされるのは剣士でしょ。ほら、ディングとシェジックだっけ?伝説の勇者っていう二人。私あの二人に憧れてたんだ。」
 アキヨミナは嬉しそうに話し出した。
「なるほどね。ところでアキヨミナさん。」
「ヨミナでいいわ。」
「ヨミナさん。」
「呼び捨てでいいわよ。長いこといっしょに旅しなきゃいけないんだから。そんな感じだと疲れちゃうわよ。」
「じゃヨミナ、これからどうする?手がかりが何も無いんだろ?」
「大丈夫、この巫女の娘である私に任せなさい。今度の復活するっていうのも私が感じ取ったんだから。」
(……大丈夫かな)
 男は心の中でそうつぶやいた。
「ところで。」
 ヨミナは男に向き直った。
「あなたの名前まだ聞いてなかったわよね。」
 男は思わず苦笑いになった。
「俺はスーズレップ。スーズレップ・ナルーハ・カィリジアと言うんだ。スーズって呼んでくれ。」
「よろしく、スーズ。」

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