そしてその夜遅く。
星空

 原っぱの上に一人の男が立っていた。男は少し前に言われた事に考えていた。
『確かに俺らにも手がかりはほとんどありません。一つだけあるとしたら彼女の占いだけです。でも、そんなとても少ない確率だとしても私達はやるつもりです。今すぐに、とは言いません。明日の昼頃までこの町にいますからそれまでに答えを出しておいてください。聖堂の前で待ってますから。』
「……。」
 原っぱの上にいる男、ギツは黙って寝転がった。
「ああー。」
 ギツは考えていた。
(自分の他にも魔王の存在に気づいている人がいたなんて。そして、一緒に倒しに行こうと誘っている。……どうしよう。確かに私は魔王を倒しに行くと言う大義名分はある。でも、だ。本当に私は倒しに行こうとしていたんだろうか?本当はただ家から出たかっただけじゃないのか?商人の跡取りから逃げようとしていただけじゃないのか……。)
「おい。」
 ギツは不意に声をかけられた。
「何やってんの、こんな所で。」
 そこにはスーズが立っていた。
「いや、ちょっと……。」
「やっぱり迷うよな。」
 スーズは軽く笑みを浮かべながらギツの隣に座った。
「まあ、無理ないよな。信じろっていったって。」
「いや。そういう理由じゃないんだ。本当に自分は魔王を倒しに行く気があるのかって。」
「え?」
「私は……ただ逃げようとしていたのかもって……。」
「何だ、そんなことか。」
「そんなことって。」
 ギツは体を起こし微妙に声を荒げた。
「俺も、なんだ。」
 スーズは顔を上げずに話し始めた。
「俺、貴族の家の後継ぎなもんだから色々とややこしい礼儀作法とか子供の頃から叩き込まれていたんだ。いつも不思議に思ってたんだよ、何でいつもやかましく言われなきゃいけないんだろうと。でも、俺にさらにそんな思いを強めたのは弟のラデスなんだ。あいつ、次男坊だったからかもしれないんだけど結構好き勝手やってたんだよ。一人でしょっちゅういろんなところに冒険に出かけてさ。帰ってくるたびに親に怒られてんだよ、ラデスの奴。仮にも貴族の家の者が何だ、その野蛮な行為はって。でも一通り説教が終わると必ず俺の部屋に入ってきて顔を輝かせながらその旅であった事を俺に話し始めたんだよ。一晩中さ。本当迷惑だったけど、でもうらやましかったんだよな。俺もいつか冒険の旅に出たいっていつのまにか思うようになってさ、いっつも考えていたよ、旅に出る事を。でも、俺は大事な家の後継ぎだからさ、無理なんだよな。俺にはみんなを裏切る事はできなかった。そんな事を考えていたある日、いつものように旅に出ていたラデスがいつものように帰ってきた……と思ったら意外なお土産を持って帰ってきたんだ。」
「それって……まさか……。」
 今まで黙って聞いていたギツが思わず声をだした。
「そう、きれいな女性を連れて帰ってきたんだ。普通に考えたら何処の女かわからない人を家に上げるのは嫌がるんだろうが、みんな喜んで迎えたよ。何でだと思う?」
「え?」
「これでラデスも家に落ち着くだろうって。さすがに愛する妻君をおいてまで冒険には行かないだろうっていう考えがあったからな。もし、反対して家出されたんじゃそれこそ一大事だって……。」
 スーズはそこまで言ったときやっと顔を上げた。
「……星がやけに綺麗だな。」
 スーズはポツリとつぶやいた。
「……あの晩も俺の部屋に入ってきたよ。」
 今度はスーズは空を見上げたまま話し始めた。
「あの日のラデスは何かが違っていた。……どう言えばいいのかわからないんだけど……手に入れるべきものを手に入れたっていうのか……満足げだったんだよな。あいつはいつもの元気とは違った落ち着きがあった。……妙にあいつまじめな顔になって『もう旅に出る事はないと思う。』って……そんな事今更言わなくてもいいだろって思うんだけどな。でも俺はちょっと複雑だったんだよな。俺、もうこの家にいなくてもいいんじゃないかって、さ。」
「え?」
 いつの間にやら横になっていたギツが思わず起き上がった。
「いなくてもいいって……。」
「いやな、俺、独り者だろ?ラデスにはもう相手がいるんだよな。貴族とか王家とかで没落していく原因って跡目争いが多いんだよな。俺ん家もそんな事になりそうな雰囲気になりそうだって思ったんだよ。実際、ラデスが帰ってきた時にも変な空気があったんだよな。みんな気づいていなかったかもしれないけど子供の頃から『貴族の後継ぎ』としていろんなこと教え込まれてきたもんだから変な事までわかるようになってんだよな。どっちにつけば後々得かって無意識に考えているんだよ、使用人とかが。このままいくとなんか面倒な事になりそうで嫌だったんだよな。思い出の家が嫌な空気になるのはやっぱり嫌でさ。そう思ってたんだけどどうする事もできなかった。どんどん落ち込んでいってさ。ラデスの真似じゃないけどこっそりと抜け出して夜の街に行くようになっていった。ああ、俺の場合は誰にもバレなかったさ。でも……そんな事を繰り返してたある日……。」
 そこまで上を向いていたスーズが顔を下げた。
「ヨミナに会ったんだ……。あの晩俺はいつものように夜の街をフラフラしてたんだ。ヨミナは一人でいろんな奴にかたっぱしから声かけてさ、誰か男誘ってんのかなーって思って、俺の方から声かけたんだよ。そしたら、さ、こうやって旅してんだよな。魔王を倒すとか言って。そんなわけのわからない本当なんだかそうじゃないんだかはっきりしない理由でさ。」
 そこまで話すとスーズは少し間をあけた。
「……。」
 ギツは黙ったままだった。
「でも、本当は違うんだよな。本当は……家から出たかったんだよな。」
 スーズはまた黙り始めた。
「出たかった……。」
 ギツは静かにつぶやいた。
「ああ、俺……さっきも言ったんだけどラデスがうらやましかったんだよ。魔王を倒しに行くって最高の理由だろ?フラフラと好きなことをするんじゃなくて使命っていうやつ、それがあるんだからな。俺はヨミナと別れてからこっそりと家に戻り出かける準備をした。そして誰にも見つからずに家を出た……って言いたいんだけどそうはいかないんだよな。」
「弟さんに見つかったのか?」
「いや。その嫁さん……もうその時には結婚式はすませてたんだけどな……キナスアさんに見つかっちゃってさ。彼女俺が旅支度してるの見てもさ、止めないんだよ、旅に出るのを。最初は自分の旦那が後継ぎになれるから止めないのかな、って思ったんだけど……彼女は俺の手を握って……『お義兄様が生涯の伴侶を連れてお帰りする日をお待ちしております。』って言ったんだよ。俺その時ドキッとしちゃってさ。いや、もちろん恋愛対象とかそう言うのじゃなくて……ラデスのやつ、いい嫁さんもらったなって……。こう思う俺もけっこうお人好しだけどな。俺、誰にも言わずに行こうと思ったんだけど急にラデスに会いたくなってな、キナスアさんに頼んで呼んできてもらったんだよ。あいつもうすうす感づいてたみたいなんだけど……『やっぱり、旅に出ちゃうんだな。』って。『俺もうこの家に帰らないからな』って言ったら……『兄貴が帰ってくるまで俺がこの家を守る。だから絶対帰ってきて後は継げよ。』なんて言うんだよ。」
 そこまで言うとまたスーズは顔を下に向けた。
「……嬉しかったんだよな。」
 下を向いたままスーズはまた話し出した。
「俺……ラデスが後継ぎになって喜ぶかと思ったんだけど……あいつはそれは望んでなかったみたいだな。あいつが望んでるのはキナスアさんと仲良く暮らすこと、それだけだったんだ。あいつ、俺に何か後ろめたさでも感じてたのか知らないけど本当に後を継ぐ気はないみたいだぜ。まあ、あいつがどう言おうと周りは決して後を継がせようとするんだろうけど。」
 少しの間静けさが続いた。
「……もし、あの晩ヨミナに出会わなかったらまだ家でグズグズしてたと思う。」
 また、スーズが話し出した。
「俺……。ん?」
 スーズは何気なく横を見た。ギツの目は閉じている。
「何だ、寝ちゃったのか……。あのさ、お前が寝てるから言うけど……ヨミナの事本当に好きなんだと思う。例えどんなに家から出たいと思ってもヨミナじゃなきゃ魔王の話なんか信じなかったろうし、こうやって一緒に旅なんかしてないと思うんだ。……だからヨミナに聞かれると怒られるけど……このまま二人で旅をしてもいいかなって……。」
「なるほど。」
 スーズは声に驚き慌ててギツの方を向いた。ギツは軽い笑顔になり、目を開けている。
「決めた。私もお二人にご一緒させてもらいます。」

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