そしてそれから3ヶ月後。
ノピャール

 ヨミナにスーズ、そしてギツは昼前でにぎわうノピャールの町にいた。
「やっと着きましたね。」
「ああ、長かったな。」
「これでアレができるわね。」
 そう言うとヨミナはなにやら羅針盤のようなものを取り出し場所を確認し始めた。
「……間違いないわ。この町の西側にある丘。そこに魔法スポットがあるわ。」
「そこで、魔王が何処にいるか調べようってわけか。急ごう。」
 ギツが一人先を行こうとした。
「おい、待てよ。」
 スーズがそんなギツを呼びとめた。
「今から行ってもダメだろ。夜になって……月が出なきゃ。」
 スーズはそう言いながら何気なく空を見上げた。
「とにかく疲れたわね。どこか宿でも取りましょう。」

 三人が宿をとったのはランク的に中の上といったところだった。
「はあー疲れたー。」
 部屋に着くなりヨミナはベッドの上に倒れこんだ。
「おいおいヨミナ。ここは俺らの部屋だぞ。ヨミナの部屋は隣。」
 スーズはそう言いながら何気なく同じベッドに座った。
「いいじゃないの。」
 ヨミナは全く意に介さないようだった。
「しかし……まだ結構時間かかるな。」
 ギツは部屋においてあったイスにもたれながらつぶやいた。
「ま、昔は1年以上かかったって言うからだいぶ便利にはなってるはずなんだが。」
「ああ、山とか森とかに道を作ったりして馬車道を確立させたから1ヶ月になったんだろうが……疲れたな。」
 ギツはそう言うとイスに深く腰を下ろした。
「で、今夜なんだろ?」
「そう。今夜は満月のはずだから……占術で、魔王が今何処にいるのか調べられるわ。」
「しっかし面倒だよな。魔力が強い場所で、しかも満月の晩でないと占いができないなんて。」
「魔方陣があれば別なんだけど……私の力じゃ作れないわよ。」
 ヨミナが体を起こしながら応えた。
「ま、とにかく今夜だ。それまではゆっくり体を休めてようよ。」
「さんせーい♪」
「じゃ、ヨミナはあっちの部屋へ。」
「えー。」
「お前がいたんじゃ俺達休めないからな。」
「ぶー。」
 ヨミナはふくれながら部屋から出て行った。
「ふう。」
 スーズがため息をついた。
「まいったな……。」
「おい、スーズ。」
 ギツがイスに腰掛けたまま呼びかけた。
「本当は、私が一人の部屋でヨミナと一緒の部屋がよかったんじゃないの?」
「……ギツ。」
 スーズは少し声のトーンを落とした。
「そういう事ヨミナの前で言うなよ。」
「まだ言ってないんだ。」
「ああ……こればっかりは簡単にはな。」
「でも、いつかは言わなきゃな。」
「ああ。」
 スーズは生返事をしながらベッドに横たわった。
「ま、スーズ、今夜のこともあるしゆっくり……おや?」
 ギツがそう言った時、スーズはすでに寝息を立てていた。

 静寂だけが支配する夜。
ノピャール

 丘の上には三人が立っている。
「……ここでまちがいないんだろ。」
「うん、大丈夫。」
「始めるか。」
 スーズとギツはヨミナから少し離れた場所に腰を下ろした。
 ヨミナは一人立っている。
 満月が―その日の月は見事なまでの美しさ、いや純粋さ、とでも言うべき光を照らしていた。まるで水鏡のように。
「ΘΚΎΏΟΣΧΩΑΠ……。」
 ヨミナは何やら詠唱を始めた。どうやら古代の―いつの時代の何処の国かはわからないが―言語なのであろう。
 スーズとギツは黙ってそれを見つめていた。
 ヨミナが詠唱を終えるとまた静寂が支配し始めた。しかし、二人はあたりの景色が変わったような気になった。いや、変わっている。何やら全てのものが赤みがかったようになっている。
「!」
 ギツは何かを感じ空を見上げた。そこには、紅く輝く月があった。
紅く輝く月

「……月が……紅い……。」
 ギツは紅い月に目を奪われていた……正しくはそらす事ができなかった。先ほどまでは優しくそして静かに……そして純粋に輝いていた月がまるで血で染まったかのように紅く輝いている。
「……。」
 ギツは紅い月を見つめていた。
 そしてある瞬間、一つの物音がした。
「ヨミナ!」
 ギツはとっさにヨミナの方へ目をやった。そこには倒れるヨミナとそれを支えようとするスーズがいた。
「おい!」
 ギツもあわてて駆け寄った。
「いったいどうしたんだ、スーズ。」
「わからない。黙ったまま倒れたんだ。ヨミナが、突然……。」
 スーズの顔は不安で埋め尽くされている。
「とにかく宿へ運ぼう。……大丈夫、脈はある。死んではいない。」
 スーズはヨミナの体を抱え、ギツは儀式に使った道具を持ちながら宿へと急いだ。
 途中、ギツは空を見上げた。そこには元のように純粋に輝く月が浮かんでいた。

「……ん……。」
 ヨミナのうめき声がした。
「……ここは……。」
 ヨミナが目を開けると部屋の中だった。
「……宿屋……?」
 ヨミナは上半身を起こした。
「……スーズ……。」
 ベッドの傍らにはスーズがイスに腰掛けていた。ただ、彼は眠っていた。
「……。」
 ヨミナは上半身をのりだした。そして、スーズに接吻をした。
「……バレないよね。」
 ヨミナは小さく確かめるようにつぶやいた。
「……あのさ。」
 突然、ギツの声が別の角度から聞こえてきた。
「私も一応いるんだけどね。」
 ヨミナは真っ赤になりながらギツの顔を見た。ギツはどう考えてもニヤニヤしていた。
「なるほど。」
「な、何がなるほどなのよ。」
 ヨミナは思わず声を大きくした。
「そんな大声出すとスーズが起きるよ。」
「で、でも……。」
 ヨミナはまた声を小さくした。
「な、何よ。あなたも私にキスしてほしいの?」
「いや、そういう事じゃなくて。なんでスーズにキスしたのかなって。」
「……好きだからに決まってんじゃない。」
 ヨミナが観念したのか、小さくすねるようにつぶやいた。
「あーもう言うわよ、私はスーズの事が……好きです。」
「……まだ起きないね、スーズは。」
 ギツの目が明らかに笑っていた。
「ちょっと、廊下に出ない、ギツ?」

「こんなとこスーズに見られたら何と言われるか。」
「……スーズには絶対に内緒にしといてよ。」
 ヨミナとギツが壁にもたれかかって立っていた。
「……で?」
「最初は別に……そういう気持ちは無かったのよ。」
 ヨミナがうつむきがちに話し始めた。
「最初は魔王を倒す事で精一杯だったわ。でも……だんだん……あー悔しい!なんでこんなすぐにバレるのよ!」
「でも、肝心のあいつにはバレてないよ。」
「……。」
「どうするの?言うの?」
「言わない。」
「……おや。」
「絶対言わない。いい、あなたも言わないでよ。」
「ああ。」
 ヨミナは下を向いたままだった。
「……あのさ。」
 ギツは何かを思い出したかのように話し出した。
「何で、旅に出ようと思ったの?巫女なんだから別に……。」
「それがね……。巫女だからずっと家にいなきゃならないってのがあまり好きじゃないのよ。私、捨て子だったんだ。親の顔は覚えてない。おかあさん……あ、お義母さんって言っても水鏡の巫女やってる方よ。私を拾ったんだって。なんだか胸騒ぎがして急いで行ってみたら……私が泣いてたって。静かに……まるで……自分の運命を知っているみたいに泣いてたって。全然覚えてないんだけどね。それから私はお義母さんに育てられたの。巫女の後継者としてね。巫女って言うから一生身をきれいにしとかなきゃいけない、って思ってるかもしれないけど水鏡の巫女って特に無いのよねそんな事は。結婚しててもいいの。でも、私のお義母さんはまだ独身なの。何故かは私は知らないんだけど……ひょっとしたら私のせいで独身なのかなって思ったらちょっと嫌でさ。私さえいなければ、私さえいなければお義母さん幸せになれたんじゃないかな、なんて思ってた……ううん、今も思ってるわ。だから……魔王を倒しに……いいえ、家を出ようと思ったのかも。」
「スーズに聞いた事があります。あなたが街の中でいろんな人に声をかけてたって。」
「うん。」
 ヨミナは少し元気無くこたえた。
「私……一人で行く勇気は無かったんだ。誰かと一緒に……。でも、全然信じてくれなかったり逃げようって誘ったり……ナンパもいっぱいいたのよ。でも、私が巫女だって言ったらみんな危ない奴だってびびって逃げていくのよ。たまに強引な奴が無理やり連れて行こうとするんだけど……2、3発殴ったらあわてて逃げていったっけ。なんだか、バカらしくなっちゃってさ。私一人危機がわかってったって何にもならないんだなあ……って思い始めてた時、スーズが来たのよねえ。」
 ヨミナは恥ずかしそうに話を続けた。
「何だろ……よく覚えてないんだけど……またナンパかって思ったわ。でもスーズはね、私が巫女だって言ってもびびらなかったし、それどころかさらに私の事心配してくれたのよ。本当に巫女かどうかわからないこの私を。なんだかそれだけで嬉しくなっちゃって……どんな人か確かめもせずに誘ったのよ。」
 ヨミナはそこまで言うと少し間を置いた。
「……。」
 ギツは黙っていた。
「最初は大丈夫かなって思ったけど……結構強かったのよね。このまま二人でもいいかなって思ってたんだけど……オレゴルでゴロツキ相手に戦った時気づいちゃったんだ。二人じゃダメだなって。で、あなたを仲間にしようと……。あ、確かめたわけじゃないけどスーズも同じように感じていたと思うんだけどね。でも、本当のこと言うと仲間になってほしくなかったんだなあ……。」
「っ……。」
 ギツは思わずふきだしそうになった。
「ゴメン、勝手な奴だよね。」
 ヨミナはギツのそんな様子に気づかず話を続けた。
「私さ、どんなに弱くてもスーズと二人で旅するのもいいかなって思ってたんだ。だからね……がっかりした、んだ。でも今はこれでいいかなって思ってる、本当だよ。」
「……わかりましたって。」
 ギツはため息をつきながら笑顔で答えた。
「さ、そろそろ部屋に戻りましょう。いいかげん、あいつも起きてるだろうし。」
 そう言うとギツは先に部屋へと戻っていった。
「な……。」
 ギツが思わずマヌケな声をあげた。
 スーズは椅子に座ったままだった。そして、彼の口元からはよだれが流れていた。

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