結局スーズが目を覚ましたのはヨミナが起きてから1時間以上経った時だった。
「……で。」
 スーズが口を開いた。
「なんだったの、予言は?」
「うん、まだ復活してないって。」
「え?」
「復活してない?」
「うん。」
 スーズとギツはあっけにとられた表情をしている。ヨミナはしれっとした表情である。
「まだこの世には魔王はいないって事。聞いた事ない?その昔ロエジという魔王が世を混沌に染めようとしたっていう話。」
「ああ、聞いた事はあるな。セダーよりさらに数百年前、まだヴィルカナ国も無かった頃の御伽話って聞いてたけど。」
 スーズが椅子に座ったまま前に乗り出した。
「うん、私も御伽話だと思ってたんだけどどうやら本当にあったみたい。その話の最後、覚えてる、スーズ?」
「ああ、確か箱に封印しちゃったんだろ。」
「うん、その箱を開けようと復活の方法を探している奴がいるみたいなのよねえ。」
 ヨミナは困ったわね、というような表情を浮かべた。
「つまり、その箱が開けられないうちにそいつを倒せば……。」
「魔王と戦わなくていいって事か。」
「そういう事。ただその場所が……遠いのよ。」
「何処?」
「アマヤナク大陸。」
「……船か。」
 スーズが頭を抱えた。

船

 それから三人はヴィルカス王国が治めるヴィルク大陸から東に船で9日ほど進んだところにある―といっても今回の場合風向きが良かったらしく6日ほどで着くことができたが―アマヤナク大陸へとやって来た。
「来たな。」
 そうギツはつぶやいた。そしてヴィルク大陸の方角を何かを思い見つめていた。
「おーい。早くしろよギツー。」
 ギツが声のした方を向くとスーズとヨミナが町の雑踏の中に立っていた。
「ああ。今行くよ。」
 そう言ってギツは小走り気味に笑顔で立っている二人―ただスーズの顔もヨミナの顔も何やらいつもと違い複雑な表情だったが―のもとへと駆けていった。そして三人は港町マヤナカの中へと入っていった。

港町マヤナカ

 その晩。三人は宿を取り休んでいた。夜遅くギツが目を覚ますとスーズの姿が無かった。
「……あれ?」
 ギツはあたりを見まわした。スーズの姿を見つける事はできなかった。ギツは受け付けに聞く事にした。

「……よ、どうした?」
 ギツはスーズに声をかけた。
「うわっ。」
 スーズは港に立って海を見ていた。
「ギツ……どうしたんだよ、こんな時間に。」
「それはこっちのセリフだよ。海を見つめるなんて。どう考えてもお前がやるような行動じゃないだろ。いったいどうしたんだ。」
「……はぁ。」
 スーズは仕方ないな、とでも言うかのようにため息を一つした。
「……やっぱり不安なんだよな、知らない土地に来るって。お前は不安じゃないのか。」
「私だって不安ですよ。」
 苦笑を浮かべながらギツはこたえた。
「そりゃ見知らぬ土地だし私達の知らないしきたりとかを破ったらどうしようとか変な病気にかかったらどうしようとかいろいろ不安だよ。魔王を倒すっていうだけで不安だよ。」
「違うよ。そういう事じゃないよ。……とうとう引き返せなくなったんだなって……。」
 スーズは少しの間黙っていた。次に口を開いたのはギツであった。
「引き返せない?」
「ああ。本当に魔王を倒しに行くんだなって……。」
「まあ、な。」
「家から逃げ出すだけの口実がまさか本当になるとはな。」
 スーズはまだ海を見ていた。
「俺、思うんだよ。もう俺がいる場所は無いんじゃないかって。」
「居場所?」
「今までは陸続きでその気になれば帰ることもできた。ひょっとしたら親はまだ俺の帰りを待っていてくれるかもしれない。ラデスも、キナスアさんも、そして使用人や執事、みんな待っていてくれるかもしれない。そんな……甘えがあった。でも今は違う。全く違う土地だ。もう俺がいた場所には簡単には戻れない。そう思った時だ。怖くなったんだ。」
 そこまで言うと突然スーズはギツの方を向いた。
「今までは何だかんだ言ってもいる場所がある、みんな迎えてくれる場所がある……そう思ってたんだ。いや……思っていたかったのかもしれない……。自分のやりたい事を理由に逃げようとしてたのかもしれない。でもそれは自分の居場所があったから思えた事だったんだ。」
「……そっか。」
 ギツは小さな声でつぶやいた。
「もう、戻れない……。」
 ギツは自分に確かめるようにつぶやいている。
「でもなスーズ、本当は戻れるはずだぞ。戻ろうと思ったら。」
「どういうことだ、ギツ?」
 ギツはゆっくりとスーズのそばに近づいた。
「待っててくれるよ、スーズの親だって。」
「……。」
「ラデスさんにしろその妻君にしろ、待ってくれるはずだよ。」
「何故だ?何故お前がそんな事言えるんだ?」
「うーん、よく使う言い方をすると『家族』だから、じゃないか?」
「家族……ねえ……。」
「まあ、今からそんな事考えたってしょうがないよ。もし本当に居場所がないなら自分で作ればいい。」
「作るって……。」
「できない事じゃないよ。」
 そう言いながらギツは後ろに視線をやった。
「どうした?」
 スーズはつられてギツの視線に目をやった。
「……ヨミナ。」
 視線の先にはヨミナが立っていた。しかもスーズはヨミナと目があっていた。
「……私もなんだか眠れなくて。こっそり二人を驚かそうと思って部屋に忍び込んだんだけど……いなくて……どこ行ったのかなって思ったから……探しに来たんだけど……。」
 ヨミナはそう言いながら二人に近づいた。
「見つけたはいいけど何だか深刻な話してたみたいだったんで声かけれなかったんだ……。」
「にしても女性の一人歩きは危ないと思いますがね。」
 ギツが軽く微笑みながらぼやいた。
 スーズはちょっと気まずい顔を見せた。
「ふぁぁぁぁぁぁ〜。」
 突然ギツが大きなあくびをした。
「私はもう寝ます。後はお二人でごゆっくり……。」
 そう言いながらギツはその場から離れ始めた。スーズとヨミナの顔はだいぶ赤くなっていた。ただ、互いに自分の事で精一杯で相手の顔の変化には気づいていなかったが。

「……ちょっとサービスしすぎましたか。」
 宿に帰るとギツは一人笑いをこらえる事ができなかった。スーズとヨミナが今ごろどんな会話をしているのかという事を考えるとどうしても笑いをこらえる事はできなかった。

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