「わしはな、確かに大昔魔王としてこの世界、いや果ては創造神をもわが手中に収めようと思っておった。」
 ギツ、スーズ、ヨミナ、そしてロエジは床にじかに座っている。ロエジは優しい目をしながら話し始めた。
「わしは自分が持つ魔力におぼれておった。何でもできると思っておったんじゃ。わしはそれさえあれば全ての王になれると思っておった。そしてわしは魔王として君臨したんじゃが……あの男が現れたんじゃ……。」
「あの男?」
「ああ、わしを倒した奴じゃよ。だから……勇者と言う事になるのかの?あの男がわしの前に現れた。わしは内心ほくそえんでおったよ。いい暇つぶしが来たと。しかし……あいつは強かったな。わしが放った魔法をあいつめよけおったんじゃ。わしはそれまでよけられた事など無かったものだから頭に血が上ってな。つい冷静さを失ってしまい……負けてしまったよ。」
「たしかその時に箱に封印されたのよね。」
「いや……本当の事を言うと封印などされておらんのじゃよ。」
「えっ!」
「何っ!」
 ヨミナとスーズは同時に声をあげた。
「ど、どういうことなんです、それは?」
 ギツは二人ほどではないが驚いた声で尋ねた。
「ああ、わしはそのまま倒されて消えてしまうのかと覚悟しておった。しかし……あの男は……。」

 二人の男がいる。一人は若く一人は老いている。老いた男は床に倒れている。若い男は右手に剣を持ちながらそれを見下ろしている。
「……もはやこれまでか……。」
 老いた男、ロエジはうなった。
「ひとおもいに殺すがよい。」
「いや。」
 そう言うと若い男は剣を鞘におさめた。
「お前を殺すつもりはない。」
「何故だ?お前は英雄になりたくてここに来たのでは……。」
 若い男は首をゆっくりと横にふった。
「……どういうことだ?」
「別に俺は英雄とか勇者とかにはなる気はないよ。ただ……お前に魔王になってほしくはないんだよ。」
「よくわからんな。」
「この世界を消してしまうわけにはいかないんだよ。ただそれだけだ。」
 ロエジは納得することができなかった。
 若い男は穏やかに笑った。
「あのさ、お前どうしても魔王じゃなきゃだめなのか?」
「いや、別に……今となってはどうでもよいわい。本当に世界を我が手中に収めたかったかどうか……わからんようになってしまったわい。」
「じゃあ、やめたらどうだ。」
「何?」
「お前さえその気なら召喚獣になって人間より長い命を手にする事もできる。」
「……何を言っておるのだ。そんな事できるわけがなかろう。」
「いや。」
 若い男はほほえみを浮かべた。
「できるんだよ、ロエジ。」

「どういうこと?」
 ヨミナが理解できないようだった。
「とりあえず……今は召喚獣だよな。」
 スーズは微笑みながら話すロエジに尋ねた。
「ああ。」
「じゃあ、どうやったんだよ。いくら勇者といってもできないだろ。それこそか……。」
 ギツがつぶやく途中で気がついた。
「まさか……。」
「そう。あいつは神だったんじゃよ。」
「神って……だ、誰なんだよ?」
 思わずスーズは身をのりだした。
「最高神ミュカスじゃよ。」
「ええっ!?」
 三人は同時に驚きの声をあげた。
「わしも信じられんかった。わしが信じられないという顔をしておったらあいつ、ミュカスはわしの目の前で正体をあかしおった。」
「……ミュカス様にあった事あるの……。」
 ヨミナの目は丸く開ききったままだった。
「ん、まあな。ところでな、わしはミュカスとある約束をしたんじゃよ。」
「約束?」
「ああ……。」

「約束じゃと?」
 何年も前、ヴィルカナ国ができるよりはるか昔。ロエジとミュカスがその空間にいた。ロエジは倒れていた。ミュカスはそれを見下ろしている。
「ああ。約束をしてほしいんだ。」
「……何だというのだ、いったい。」
「それはな。」
 ミュカスはしゃがみこんで目線をロエジにあわせた。
「これから先、この世界はまだまだ続いていくだろう。でも、お前みたいな魔王は出てくるだろう。」
「……だからなんだというのだ。」
「そこでだ。お前には噂の張本人になってほしいんだ。」
「噂?」
「ああ。魔王ロエジは封印されたって。」
「ふ、封印だと?」
「噂はこうです。魔王ロエジは箱の中に封印された、その封印を解けば世界を治める事もできるだろう、と。」
「……しかし……そんな噂を流せばその箱を求めて血が流れるぞ。」
「ああ、そうかもしれない。でも……魔王と呼ばれる奴らは大抵はムダに血を流すだろ。結局は同じことなんだよ。だからと言ってそれが当然の事だとは認めたくはない。だから……お前に頼みたいんだ、ロエジ。」
「まあいい。わけのわからん話だがおもしろそうだ。やることにしよう。」
「そうかありがとう、ロエジ。」
 ミュカスはホッとしたような顔つきになった。
「ただ……一つ聞きたいんだが……。」
 ロエジは微妙に険しい顔になった。
「何だ?」
「たとえばわしのように……誰の手も借りずに魔界から魔物を呼び出すような……強い魔力の持ち主ならば……どうするのだ?箱を開けてもらわんことにはわしもでるわけには……。」
「その時は……誰かが勇者となってそいつを倒してくれるでしょう。」

「へえー。そんなことがあったんだ。」
 スーズが納得したような声をあげた。
「なんかいいわねー。誰かが勇者となって、ね。」
 ヨミナはロエジの話の余韻に浸っている。
「それからずっと箱に封印されている事にしてたってわけか。」
 比較的ギツは冷静に聞いていた。
「ああ。誰かが箱を開けようものならわしがその感覚……とでも言うんじゃろうか、まあそんなものを感じ取って先程のように駆けつけるわけじゃ。」
 ロエジは得意そうにこたえた。
「ま、結局魔王は倒されたしめでたしめでたしってわけか。」
 スーズが伸びをしながらのんきな口調でつぶやいた。
「いや……それがな……。」
 ロエジが口ごもった。
「え?まだ……何かあるの?」
「いやな、他にも魔王が現われる可能性はゼロとは言えんのじゃよ。」
「まあ、確かに……そう言っちゃえばそれまでだけど。」
 ギツは少し笑顔になった。
「だからといって今から心配してもしょうがないじゃないか。その時はその時。……勇者が現われるんだろ。」
「いや、ギツ。」
 スーズが口を挟んだ。
「ひょっとしたら俺らがその勇者かもな。」
「そうじゃ。」
 ロエジが笑顔になってうなずいた。
「誰にも……勇者になるチャンス……・というよりも勇者になる素質はあるんじゃよ。」

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