夜景


「今日は本当楽しかった。ありがとう、辰夫さん。」
 それから次の日曜日。理香は辰夫とクラシックコンサートに出かけた。
「昔からの悪友が出てるコンサートなもんで無理言ってチケットとってもらったんです。」
「いいですね、素敵なお友達がいて。」
「いや、そんな事無いですよ。けっこう口の悪い奴なんですがね。でも、一応まわりの人の事は大事にしますよ。それに、理香さんにだってそんな素敵な友人がいらっしゃるんでしょう。」
「私にも一人高校からずっと変わらず仲のいい子が一人居るんですよ。中学、高校、大学に就職先まで。腐れ縁と言うかなんと言うか。何故か心を許しあえるんですよ。」
「本当、そんな友人が一人でも居るって本当に幸せですよね。」
「私もそう思うわ。」
 二人はそれからしばらく黙ったまま歩いていった。
「……あの。」
「はい?」
「どこか……喫茶店でも……寄りましょうか……。」
「え、ええ。」
喫茶店

「素敵なお店ですね。」
 数分して二人がついたのは中世ヨーロッパを基調にした喫茶店だった。
「ここは僕がよく来る店なんです。新作のアイディアが詰まったらここに来てイメージを固めるんです。」
「そうなんだ……。」
 二人は注文をすますと談笑し始めた。
「そういや僕昔一度だけ入院してたことあるんですよ。」
「本当?」
 注文した品が来た頃、話題は健康管理になり、昔の病気、怪我の話になった。
「その頃僕は大学受験を控えてた大事な頃で神経がものすごく神経が追い詰められたんです。それである日死のうと思ったんです。」
「死のうって……。」
 理香は静かに驚いた。辰夫は話を続けた。
「僕は車の前に飛び出しました。幸い命に別状はありませんでした。でも、記憶が。」
「記憶?」
 理香は自分の事を思い出した。
「その事故のショックで記憶が小学生まで戻ってしまったんですね。それでそのまま入院を。その時が僕の唯一の入院体験です。それからですよ、命について、生きることについて深く考え出したのは。」
「……不思議。私も一度だけ入院してたの。それも交通事故で記憶を失って、ね。」
「え。本当ですか?」
 今度は辰夫が驚く番だった。
「私は受験のノイローゼじゃなくて恋のノイローゼだったんだけどね。私その頃すっごい好きな人がいて勇気を出して告白してやっとの思いで付き合ってくれたんだけど、クリスマスのデートの時にいきなり『わかれよう』って……ひどいと思いません?クリスマスですよ?」
「そりゃひどい。」
「私、その後放心状態でいきなり死のうって思って……あとは辰夫さんと同じ、車の前に飛び出して……記憶が小学生まで戻ったの。入院してる時はあの、さっき言った中学からの何でも言える親友、彼女の事も忘れちゃったんですよ。記憶が戻ってからそのことでさんざんからかわれたんですよ。」
「それはお友達も怒りますよ。」
「本当に。でも私もあなたも記憶を失ってたなんて。」
「不思議な偶然ってあるものですね。」
「本当。」




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