「……誰もいないのか……?」
ラデスはなんとか明かりのもとまで辿り着いた。そこは、一軒の小屋―小屋というには多少大きいが―があった。
「おかしいな……。」
ラデスは無理やり扉をこじ開けようかと思った。しかし、
「はい。」
扉が開いた。中から一人の老人が顔を出した。
「こんな夜に訪ねてくるとは……どうなされた?」
「はい、実は……。」
ラデスは事情を説明した。
老人の名はグニッドといい、何十年も前からこの森に独りで住んでいるらしい。
「まあそこの椅子に座ってお待ちなさい。今スープをお持ちしましょう。」
そう言ってグニッドは奥に引っ込んだ。
ラデスは椅子に座っておとなしく待つことにした。しかし一つラデスには気になっていることがあった。
(……なんであのじいさんはずっとこの森に一人で住んでるんだ?)
そんな事を思いながら待っていた。
7、8分ほど経った頃だろうか。突然扉を激しく叩く音が聞こえた。
「な、なんじゃ?」
奥からグニッドが顔を出した。
「ちょっと見てみましょうか。」
ラデスが扉を開けようとした。
「助けてください!」
ラデスが扉を開けると一人の若い女が飛びこんできた。
ラデスは慌てて扉を閉めた。女は簡素な服を着ていた。
「あの……あなたは……。」
「す、すいません、こ、ここに、か、かくまって、ください……。」
女は息を切らしていた。
「とりあえずわしはスープを持ってくるから二人とも、とにかく座って待ってなさい。」
そう言うとグニッドは奥に引っ込んでしまった。
二人は黙ったまま椅子に座った。
「ほれ、持ってきたぞ。」
グニッドの持ってきたスープは特に目立った具はないが、おいしく、体があったまる物であった。
「どうじゃ、落ちついたかね。」
グニッドは二人が食事を済ませたのを見計らって話し始めた。
「……ところで……二人ともどうしてここに?普段あまりここには人は来んよ。前に人が来たのは……二、三年前だったかのう?」
「そんなに……お一人でここにいたんですか?」
ラデスは驚いた。
「ああ。」
驚くラデスを気にする様子も無くグニッドはうなずいた。
「だから一度に二人も来るのはさすがに驚いたんじゃが……。」
「何故ここに住もうと思ったんです?」
ラデスは興味深く尋ねた。
「ん?ああなに単純な事じゃよ。森が招いているような気がしてな。ここがわしの居場所のようで……。あ、すっかり話をはぐらかされてしもうた。そう言うお前さんはどうしてここに?」
グニッドはラデスに尋ねた。
「俺は道に迷ってここに……。」
「いや、それはさっき聞いたわい。わしが聞きたいのは何故旅に出たのか、そして何故この森に入ろうとしたのかじゃ。」
グニッドは身を乗り出した。
「ああ、そういう事ですか。俺は実は貴族の息子なんですよ。」
「ほう。」
「俺は……次男なので跡取じゃないんですが家の中でじっとするのがどうも苦手でね。時々こうして冒険の旅へ出てるんですよ。」
「ほう……。では何故この森へ?」
「それは……何故か……引き寄せられたんですよ。」
「おや、わしと一緒じゃないか。」
「そうなんですよ。何故か、ね。でも明日にはここを旅立つつもりなんですよ。」
「まあな。わし以外の者がここに住んでもしょうがないしな。」
「確かに。」
ラデスとグニッドは顔を合わせた。そして大笑いしだした。
「あの。」
突然女が喋り出した。
「すいませんが……今日ここに泊めてもらえませんか。」
「な……何を言い出すかと思えば……別に構わんよ。ここには部屋が無駄にあまっとるからな。もちろん、そこの兄ちゃんとは別の部屋じゃぞ。」
グニッドはいたずらっぽく笑った。
「ほ、本当ですか。」
女の顔は少し輝いた。
「ああ。ところで……お前さん何か理由ありのようじゃな。もしよかったら聞かせてくれんかな。」
「ええ。」
そして女は話し始めた。
「私はキナスアといって旅芸人一座の踊り娘なんですが……一座がこの森を通る時誰かに手招きされてるような気がしたんです。それでついみんなから離れてフラフラと……。」
「おいおい。」
「それはまた……。」
ラデスとグニッドは呆れと驚きが混ざった感じになった。
「そうですよね、私バカですよね。昔からそうなんです。後先考えずに行動しちゃって……。」
キナスアはそこまで言うと静かに震えながら泣き出した。
「あ、いやそんな事はないって、それもあなたの魅力の一つなんですし。」
ラデスは慌ててなぐさめた。
「あ、すいません。」
そう言うとキナスアは涙を拭った。
「で、道から外れてしまって……案の定迷っちゃったんですよ。日が暮れて、どうしようかと思っていたら……盗賊が……。」
そこでまたキナスアは言葉に詰まり、涙を流しだした。
「あ、あの……すいません……。別に話したくなかったら話さなくていいですから……。」
ラデスはそう言いながらキナスアの肩に触れた。
「あ。」
「あ、いや、その……。」
「いえ、すいませんご心配ばかりおかけして……。」
そう言うとまたキナスアは涙を拭った。
「おい、兄ちゃん。」
グニッドはからかうように笑いながらラデスに声をかけた。
「もうその辺にしときなよ。いくらお前さんの好みのタイプだからって。」
「な……。」
ラデスは内心驚いた。グニッドの言うとおり一目見た時から何となくであるが恋心が芽生えているのに自分でも気付いていたのだ。年の功ってのは侮れないものだな……。
そんな事をラデスは思った。
「おいおい、兄ちゃん。どうでもいいが自分の名前ぐらい言ったらどうだい。まだその子には自己紹介してねえだろ。あ、ちなみにわしはグニッドというんだ。」
「あ……私はラデスといいます。」
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
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