……俺はその扉の前に来るとため息をついた。
俺は修道院を出てから考え事をしながら歩いていたので迷ってしまった。俺はその日の夜になってもまだ森から抜け出せずにいた。いつのまにやら霧が出始めた。霧が出ていると方向感覚が迷うのであまり動けなくなってしまった。
俺は野宿かと覚悟を決めかけた時だった。ぼんやりと霧の向こうに建物が見えた。俺はとりあえず獣に襲われる心配は無くなったと安心した。
しかし。
俺は扉の前に来るとなんとなく模様を見ることにした。変わった模様だった。こんな模様を見たのは二度目、昨日の修道院の扉にもこんな模様がしてあった。この辺はこんな模様が多いんだろうか。とにかく中に入ることにした。
鍵はかかってなかった。不用心だな。人は居ないのかもしれない。床には埃が積もっていた。……。そういや昨日も……。
「あの、どうかなさいましたか?」
俺は慌てて後ろを振り返った。するとそこには昨日から見慣れている法衣姿の女―シスターがいた。
「こんな人里はずれた修道院になんのご用ですか?」
……。俺は言葉を失った。どう歩いてきたか知らんがまた修道院に来てしまうとは。これこそ神の思し召しって奴か?まったく。なんだかなあ。でもまあ、暗くて顔は見えないがいい体つきしてそうだ。声も色っぽいな。
「実は道に迷いまして……やっとの思いで人の居そうな所が見つかったものでつい……。」
俺は昨日何回か使った言い訳を言った。するとやはり、
「ならばここで泊まって行かれたらいかがです?」
……やっぱり。神の教えってのは偉大なんだな。困ってる人には優しく、ねえ。まあいい。それならこいつも俺のものにしちまうか。それこそ神のまにまにってか。ありがたいこったね。
「おねがいします。」
俺はそう言うと女は暗くてよく見えないが多分微笑みながらこちらへ、というような手の動きをして歩いていった。
俺は昨日と同じ展開に笑いそうになった。しかし、その時ある一つの計算違いを思い出した。
「あの、すいません。」
「はい?」
「実は私このところ飲まず食わずでして。何かいただけたらありがたいんですか。」
「わかりました、こちらへどうぞ。」
やった。言ってみるもんだな。とりあえず腹をふくらましてから、だな。
俺はそう思うと黙って女の後をついていった……。
「いかがです?」
女はそう聞いてきた。俺は黙ってがっついていた。
「ここら辺は他に建物がありませんからね。さぞかし大変だったでしょう。」
俺は黙って聞いていたがひとつひっかかった。他に建物が無い?いやそんな事は無いだろう。昨日俺は現にもう一つの修道院に行ったところなんだぞ。……あ。そうか。方向が違うんだな。俺がこれから進もうとする方には建物はしばらく無いって事なんだろう。なら明日は多めに食料を持っていかなけりゃな。
「ふう。たいへんうま……いや、おいしかったです。」
俺はとりあえずお礼を言った。後は部屋へ連れ込んで……。そう思ったときだった。
「よろしければ旅の話を聞かせてくださいませんか。あまりここには人が来ないものですから退屈してしまって……。」
女はそう微笑みながら聞いてきた。俺は少し考えてしまった。しかし、これからいい思いをさせてもらうんだ。それぐらいいいか、と思い話をする事に決めた。
「そうですね、お話させてもらいましょう。」
「……と言うわけで俺はなんとかその洞窟から逃げ出す事が出来たってわけなんです。」
俺は一時間ほど旅の話をした。といっても泥棒をやった話なんか出来ないからデタラメに創った話ではあったが。
「まあ、それはたいへんでしたね。」
女は上品に笑っている。なんだか久しぶりだな。こんなふうに女と長い時間楽しく話すなんて。いつ以来だ?……やめとこう、またどうせ思い出せないんだ。
「ま、これで俺が体験した話ってのはおしまいです。本当にご静聴ありがとうございました。……おもしろかったですかね?」
「本当にありがとうございます。とても楽しかったです。」
女はそう俺にお礼を言ってきた。じゃあそろそろ始めさせてもらうか、と思ったときだった。
「私からも一つお話させてください。」
俺は別に断る理由も無かったのでその話を聞く事にした。
「じゃあお願いします。」
「わかりました。では……。」
女はゆっくりと話し始めた……。
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