その次の日の昼休み、昨日と同じレストランで絵里が注文を終えていた。本来ならば彼女は由梨と利亜とともにお昼を食べるのがいつもの事だったのだが、この日他の二人は何か用事があるらしく一人で食事をしていたのである。
「ちょっといいかな?」
 絵里は声のした方を振り向いた。そこには同じ職場の芦原志郎が立っていた。
「あら、どうしたの。」
「いや、君があまりにも寂しそうにしてたもので。」
「それ、どういうこと?」
 絵里はナンパみたいなものだと直感的に感じた。
「まさか私が寂しいだろうからって簡単になびくとでも?」
 志郎は少し顔が引きつったが
「そんなわけないだろ。ほら、やっぱり同期だからいろいろと、さ。」
「どうだか。」
「あの、お客様。」
 突如ウェイトレスの声がした。
「早くお席についていただけますでしょうか?」

 結局、絵里は志郎と一緒に食事をすることになってしまった。
 そして会社への帰り道。
「……あのね。」
「はい?」
「一回一緒に食事しただけで彼氏面しないでくださいね。」
「じゃあ……また一緒に食事……。」
「そんなわけないでしょっ!」
 絵里はムキになって怒鳴った。
「あ、そんな一人で先急がなくっていいだろ。おーい。」
 絵里はさらに足を速めた。

「見たわよ、絵里。」
「何をよ、由梨。」
 絵里は内心ヤバイ、と思った。
「お昼休みよ、お昼休み。」
 絵里は後悔した。あの時何としても一人で食事をするべきだったのだ。
「ほら、志郎君と一緒に……。」
「あのね、あれは無理やり一緒に……。」
「ねえねえ絵里〜。志郎君と一緒に食事したんだって?」
 利亜が突然絵里に声をかけてきた。
「利亜……だから違うって。」
「隠さなくってもいいよ、絵里。幸せになりなね〜。」
「そうそう。」
 絵里の顔は徐々に赤くなっていった。
「違うって……本当、最近ツイてないな。仕事も失敗するし思いきって買った服は次の日半額になるし挙句の果てにワケわかんない男には言い寄られるし。」
「えーいいじゃない志郎君。利亜だってそう思うよね。」
「そうそう。いいんじゃない、志郎君。」
「あのね。……ちょっと待って。由梨はともかく利亜はなんで知ってんのよ。利亜も見たって言うの?。」
「それがさあ……社内で言いふらしまくってるのがいるのよ。」
「!?だ、誰よそれ。」
「……あ、あいつよ。」
 と言いながら利亜は部屋の中に入ってきた男を指差した。
「……あいつか……。」
 利亜の指した先には志郎が立っていた。

 その週の日曜日、絵里はプラネタリウムにいた。彼女は何故か子供の頃から星を眺めるのが好きなのだがこうして都会に出てからはきれいな星空を見る事はなかなかできないためこうしてプラネタリウムへと足を運ぶのである。
「絵里?」
 絵里は不意に声をかけられた。しかも聞き覚えのある声で。
「……またか……。」
 絵里が恐る恐る振りかえるとそこには志郎が立っていた。
「偶然だね。」
「何言ってんの、つけてきたくせに。」
「ひどいなあ絵里は。」
 志郎は微笑を浮かべながら話し始めた。
「俺はよくここに来るんだよ。子供の頃から。」
「子供の頃から?」
 絵里は何故かドキッとした。
「ええ、俺なんでかわからないんだけど昔から星が好きだったんだ。でも都会じゃ見られないから……。それでよく来るんだけどね。」
「……本当なの?」
「ああ、絵里はなんでここに?」
「……私も。子供の頃から星が好きなの。」
「絵里も?じゃあ今度一緒に山へ星を見に……。」
「いきません。」
 絵里はきっぱりと断った。
「別にいいじゃないか。」
「あのね、そんなとこで二人っきりになったら何されるかわからないからね。」
「そんなことするように見える?」
「すっごく。」
「……そんな。」
 志郎は苦笑いを浮かべた。
「じゃ、じゃあ晩御飯おごるよ。」
「……晩御飯、ねえ……。」
 絵里は断ろうかと思ったが財布の中身の事もあるので、
「いいわよ。」

「……なにこの店……。」
 絵里は拍子抜けの声を出した。志郎に連れられてやってきたレストランは高級ホテルの最上階にある有名なレストランであった。
「ちょっとここ高いんでしょ?」
「平気。」
 志郎は平然とした顔をしている。

 絵里は来なれていないため緊張していたが志郎は常連であるかのように手なれたものである。注文の時も絵里には読めない文字だらけだったにもかかわらず志郎は簡単に注文してしまった。
「……頭いいのねあなた。」
 絵里は圧倒されたように志郎に話しかけた。
「いや、俺もよくわからなかったんだ。ただ適当にやってもらってるだけです。」
「それで高かったらどうすのよ。」
「大丈夫。会員なんだ、ここのホテルの。」
「……あなた……何者なの。」
「親がこのホテルの支配人と友人なんだ。それで……。」
「あ、なるほど……。」
 絵里はホッとして思わず笑みがこぼれた。
「やっと笑ってくれたね。」
 志郎が笑いながら言った。
「え?何言ってんの。」
 絵里は少し顔が赤くなった。
「……でもこんなとっておきのレストラン、今まで何人の女の子と来たの?」
「今日が初めて。」
「え?じゃあ何であたしを?」
「……それは……絵里が大事な人だから……。」
「……え……。」
 絵里はあきらかに動揺し始めた。

 その帰り道。
「……本当に何もしないでしょうね。」
「しないよ。」
 絵里は結局志郎に家まで送ってもらう事にした。
「でも本当に今日はありがとう。」
 絵里はこの日初めて志郎にお礼を言った。
「あの……絵里。」
 志郎は意を決したように話し始めた。
「明日……あいてますか?」
「え?うんあいてるけど……。」
「実は明日コンサートがあるんだけど、クラシックの。それで……本当は明日誘うつもりだったんだけど……。」
「いいわよ。」
「え。」
「そのかわり勘違いしないでよ。まだあなたの恋人になったわけじゃありませんからね。」
「……なんだ。」
「何言ってんの!」
 絵里の足がちょっとだけ速くなった。そして心臓の鼓動も。
 その夜は小雨が降り出しそうな空だった。

 そして月曜日。
「……あれ?由梨は?」
 絵里が一人で座っていると利亜が後ろから話しかけてきた。
「うーん……それがまだ来てないみたいなのよ。」
「え?なんで……?」
「今日休むって言ってたよ。」
 後ろからこのところしつこく聞かされている声がした。
「え?そうなの芦原さん。」
「何言ってんの、志郎って呼んでくれなきゃ。」
「調子乗るな。」
 絵里は少しむかつきながら志郎を制した。
「でも本当どうしたんだろう。何か心当たりない?利亜。」
「うーん……。」
「あ。」
 志郎が何かを思いついた。
「そういや俺の知り合いに臼橋の知り合いがいたな……。」
「知り合い?」
「ああ、人事部の方にいるんだけど。もうすぐ仕事始まるから昼休みにでも。」

 課長によると由梨は風邪のため休みという事であった。
「だめ、出ないわね。本当大丈夫かしら。」
 絵里が由梨に電話をしたが何度コールしても繋がらなかった。
「あの……何か……。」
 志郎は絵里と利亜の所へ由梨の知り合いと言う男、秋戸を連れてきた。
「いや、実はな秋戸。」
 志郎は今までのなりゆきを説明した。
「そう言うわけなのよ秋戸君、何か知らない?」
「いや……僕は……何も……。」
 秋戸は少し戸惑っているようであった。
「とりあえず今夜行ってみたら?秋戸君。」
 利亜は秋戸にそう提案した。
「え?僕が?」
「そう。」
 絵里も利亜の意見に同意した。
「秋戸君悪いんだけどお願いするわ。」
「は……はあ……。」

「しかし……よかったな。」
 昼休みが終わりに近付き、課に戻る時志郎は絵里だけに聞こえるようにささやいた。
「何が?」
 絵里は普通の大きさの声で応えた。
「今日のデート中止にならないで。」
「……あなたって人は……ん!デ、デートじゃないって言ったでしょっ!」  絵里は何気なく志郎のすねを蹴った。
「痛っ!」
 志郎は思わず声をあげた。それでも利亜は気付いていないようであった。

 そしてその日の晩。絵里は志郎とコンサートへ行った。絵里はもともとあまりクラシックには興味なかったのだが、この日は不思議とリラックスできるようになっていた。絵里も何回か体の力が抜けそうになった。ただし何回か志郎が手を握ろうとしたのでおもいっきりつねり返したが。
 コンサートが終わり外に出るとすっかり暗くなっていた。
「……今日はありがとう。」
「こちらこそ。絵里とデートできて……。」
「だからデートじゃないって……。」
 そう言いながら志郎の顔を見た。志郎の顔は何故かかっこよく見えた。
「……志郎君。一つ聞いていい?」
「ええ。」
「なんで、私を誘ったの?」
「それは……絵里のことが好きだから……。」
「本当に?」
「それは本当に……。」
 そこまで聞くと絵里は一人歩みを速めた。
 志郎もそれにあわせた。
「……今日のお礼に食事おごるわ。どこにする?」
「どこでもいいよ、絵里と一緒なら。」
「じゃあ、私に任せてね。」
「それより俺は……キスしたい。」
「え!?」
「あ、いやその、今の忘れて。」
「ねえ。志郎君。」
「何?」
 その時、絵里は志郎にキスをした。
「な……。」
 志郎は驚いた顔をしている。
「これで……いいんでしょ。」
 絵里の顔は赤くなり始めている。
「……あのさ。」
「何?」
「柔らかかった。」
「バカッッッ!」

由梨 利亜

そして……