その次の日の昼休み、会社の近くの公園で利亜が一人でベンチに座っていた。
 実は彼女、絵里と由梨には一応内緒にしているのだが、取引先の男と付き合っているのである。この日は週に一度の一緒に昼食をとる日なのである。
「利亜さーん。」
 そう言いながら一人の男が利亜に近付いてきた。彼の名は瀬野成人といいエリートとして将来有望な男である。
「すいません、利亜さん。お待たせして。」
「いえ、私も今来たとこ。ね、早速お昼にしましょ。」
 そう言いながら利亜はお弁当を広げた。
「おいしそうだな〜。」
「じゃあ食べましょうか。」
「ええ。」
 二人は食事をし始めた。
「幸せ。」
 利亜は突然つぶやいた。
「何がです。」
「だって私、あなたのような素敵な人と一緒に食事ができるなんて……。」
「それは僕も一緒ですよ。あなたみたいに素敵な人と……。」
「まるでドラマみたい。」
「いえ、これが現実なんです。」
 世界は二人のためにあるような雰囲気である。

 利亜は成人とのランチデートを終え会社へと戻ってきた。自分の課へ戻る途中、何やら人だかりができているのに遭遇した。
 利亜は人だかりへと近付いた。その人だかりではこんな会話が交わされていた。
「俺、今日絵里と一緒に食事したんだ。」
「いいなお前、あんなきれいな子と一緒に。」
「うらやましいな。」
「なんでお前もてるんだよ。」
 利亜は静かに驚いた。
(絵里が?誰と?)
 そう思った利亜は誰が話の中心なのか確かめる事にした。
 話の中心となっていたのは利亜たちと同期の芦原志郎である。

 利亜が課に戻ると絵里と由梨が何やら話をしている所であった。
「ねえねえ絵里〜志郎君と一緒に食事したんだって?」
 利亜は二人の後ろから声をかけた。
「利亜……だから違うって。」
「隠さなくってもいいよ、絵里。幸せになりなね〜。」
「そうそう。」
 絵里の顔が赤くなるのを見て、利亜は絵里が志郎を好きだと確信した。
「違うって……本当、最近ツイてないな。仕事も失敗するし思いきって買った服は次の日半額になるし挙句の果てにワケわかんない男には言い寄られるし。」
「えーいいじゃない志郎君。利亜だってそう思うよね。」
「そうそう。いいんじゃない、志郎君。」
「あのね。……ちょっと待って。由梨はともかく利亜はなんで知ってんのよ。利亜も見たって言うの?。」
「それがさあ……社内で言いふらしまくってるのがいるのよ。」
「!?だ、誰よそれ。」
「……あ、あいつよ。」
 と言いながら利亜は部屋の中に入ってきた男を指差した。
「……あいつか……。」
 利亜の指した先には志郎が立っていた。

 その週の日曜日、利亜は成人とのデートを楽しんでいた。この日のデートは水族館である。水槽の中はまるで別世界であり、自分が吸い込まれるんじゃないかと感じるほどきれいな世界であった。
 利亜はドラマのようだと感じていた。私の運命の人はこの人だったのね……なんて事を感じていた。しかし、この日の成人の様子はいつもと違い、何か悩みがあるようであった。利亜は聞き出したかったがなかなか聞き出せずにいた。何となく嫌な予感がしたからである。
 そして食事も終わりデートも終わりに近付いた時。
「ねえ、何を考えてるの?」
 利亜は思いきって尋ねてみた。
「うん……。」
 成人は何かをためらっているようであった。
「なんでも話してよ。」
 利亜は明るく振る舞った。
「私達恋人同士じゃない。」
 成人はためらっているようであったが、
「それなら言うけど。」
 成人は顔を合わせずに話し出した。
「実はお見合させられそうで……。」
「お見合?なんで?」
 利亜は驚いた。
「なんか君の会社のお偉いさんの娘さんだそうでしてみないかって……。」
「ひどい……。」
「え?」
 成人は利亜の顔を見た。そこには泣いている利亜の顔があった。
「私というものがありながらお見合するなんて!」
 利亜は叫んだ。
「ち、違う利亜!断ろうと……。」
「しかもそれを内緒にしてたなんて……。」
 利亜の声は完全に涙声になっていた。
「り、利亜、話を……。」
「そうよね、私よりもその人と一緒になったほうがあなたは幸せになれるものね。」
 利亜は陶酔しながら話しているようであった。
「さよなら、瀬野さん。」
 そう言うと利亜はその場から走り去った。
「利亜……。」
 成人は半分あっけに取られたのか、追い掛ける事はできなかった。
「……利亜、僕は……。」
 それ以上成人は何も言えなかった。ただ、黙って利亜の後姿を見つめていた。
 利亜の姿が成人の視界から消えた。
「……。」
 利亜は振り向かずに走り続けた。成人は一人立ち尽くしていた。
 その夜は小雨が降り出しそうな空だった。

 そして月曜日。
 利亜が出社すると絵里が一人で座っていた。
「……あれ?由梨は?」
 利亜は後ろから絵里に話しかけた。
「うーん……。それがまだ来てないみたいなのよ。」
「え?なんで……?」
「今日休むって言ってたよ。」
 後ろから志郎が話し掛けてきた。
「え?そうなの芦原さん。」
「何言ってんの、志郎って呼んでくれなきゃ。」
「調子乗るな。」
 利亜は言い合う二人を見ながらお似合いだと感じていた。
「でも本当どうしたんだろう。何か心当たりない?利亜。」
「うーん……。」
「あ。」
 志郎が何かを思いついた。
「そういや俺の友人に臼橋の知り合いがいたな……。」
「知り合い?」
「ああ、人事部の方にいるんだけど。もうすぐ仕事始まるから昼休みにでも。」

 課長によると由梨は風邪のため休みという事であった。
「だめ、出ないわね。本当大丈夫かしら。」
 絵里が由梨に電話をしたが何度コールしても繋がらなかった。
「あの……何か……。」
 志郎は絵里と利亜の所へ由梨の知り合いと言う男、秋戸を連れてきた。
「いや、実はな秋戸。」
 志郎は今までのなりゆきを説明した。
「そう言うわけなのよ秋戸君、何か知らない?」
「いや……僕は……何も……。」
 秋戸は少し戸惑っているようであった。
「とりあえず今夜行ってみたら?秋戸君。」
 利亜は秋戸にそう提案した。
「え?僕が?」
「そう。」
 絵里も利亜の意見に同意した。
「秋戸君悪いんだけどお願いするわ。」
「は……はあ……。」
 利亜は何となくではあるが秋戸は由梨の事が好きなんだな……ということを感じ取っていた。そして、利亜自身もまたある一人の男の事を考えていた。

 昼休みが終わりに近付き、課に戻る時利亜はだんだん我慢できなくなっていった。自分自身の素直な心を騙す事はできなくなったのである。
 そのため、絵里が志郎のすねを何気なく蹴った事には気付かなかった。

 そしてその日の夕方。
 利亜は普段一緒にお昼を食べる公園にいた。仕事中に成人に電話をし<ここに来るように約束したのである。彼女は今日で成人に最後の別れを告げるつもりだった。
「利亜さん?」
 利亜が振り向くと成人が立っていた。
「利亜さん、話があります。」
「私も。」
「今日、部長に断ってきました。結婚を考えてる彼女がいるからお見合いはできないと。」
「でも、最初にそれを……。」
 そこまで言った時、利亜は一つの言葉に気付いた。
「……けっ……結婚?」
「ええ。利亜さん。これを……。」
 そう言って成人は小さな箱を取り出した。
「……。」
 利亜は黙って成人を見つめた。
「これを……。」
 そう言うと利亜の指に指輪をはめた。
「僕と結婚してください。」
 利亜は一瞬笑顔を見せた。しかしすぐに目をそらした。
「……いえ、ダメよ。一度でも心が離れたのよ。もう二度と会わない方がいいわ。」
「何を言ってるんです!」
「ダメよ。やっぱり私達……。」
「利亜さん!」
 成人は利亜を強引に抱き寄せ……二人は長いキスをした。
「成人……さん……。」
「君が欲しい、利亜。」
「うれしい。」
 利亜の目には涙が溢れ出している。
「私……ひょっとしたら世界で一番幸せかも。」
 二人は何度も何度もキスをした。


絵里 由梨

そして……